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んー、と伸びをして、初は決意も新たに立ち上がった。かなでを定位置に置いて、外出の用意を始める。
「いつまでもいなくなったターゲットに固執してちゃ、次に進まないもんね。奏ちゃんとの約束を守るためにも、ちゃんと動かなくちゃ」
初は、部屋を出る前に一度振り返った。薄暗い室内。視線が捉えたのは、愛しい彼女の姿。
「行ってきます。いい子で、待っててね」
そうして初がまっすぐ向かったのは、奏を失った通学路だった。
◆◆◆
妹を不幸な事故で亡くし、生まれて初めて「人の死」を経験した高校生、沖田孟は、テレビ画面を無表情で、ただ見つめていた。
現在、彼の目の前で流れているのは、女性用化粧品のコマーシャル。美肌の女優が、にこりとこちらへ微笑んでいる。しかし、孟には出演女優はもちろん、化粧品に興味などなかった。
それよりも、数分前――先程終了したニュース内で告げられた決定事項が、頭から離れないでいたのだ。
「あの女の死因が、事故……」
いくつかあるニュースの中で、さらりと読み上げられた結末に、孟は力が抜けていくのを止められなかった。
大通りの交通事故で、加害者となった大型トラックの運転手、藤堂徳。あれは、不幸が重なった事故だった。飛び出したのは、奏の方。孟は、運転手を憎んではいなかった。もちろん、助かった子どもの方も。
むしろ、子どもが無事で良かったと思っていた。そうでなければ、妹は報われない。
それでも、そばにいたというクラスメイトは気の毒であった。あんな光景を、目の当たりにしたこと。特に黒髪の彼女を思うと、言葉もない。
責めようと思えば、誰にも何かしらの過失がある。だが、奏自身にも当てはまるため、孟はそうしなかった。
いや、できなかったと言った方が、正しいだろう。
奏が、自発的に行動したからこその結果だ。そこに文句をつけるのならば、それは奏自身への文句になってしまう。
だからこそ孟は、誰も憎むことができなかった。
それでも、運命を恨み、呪わずにはいられなかった。
あれは、不運な事故――だから、早く前を向いて奏の分までしっかりと生きなければならない。きっと、奏もそう望んでいる。
そうは思うものの、しかし孟は、整理しきれない感情を持て余していた。初めて抱いた心情に名前をつけられず、落ち着かせることができないまま、胸の中でずっともやもやさせているしかなかった。
表面上は、懸命に乗り越えようと前を見据える好青年を演じながら――
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