引き裂きドール

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引き裂きドール

 道路脇に添えられた花が、風になびく。そこは、大通りで交通量の多い場所。公園もそばにあって、賑やかだ。  だが、少女の目には、とても寂しい場所だという印象を、与えていた。  中学生、斉藤初(さいとううい)は、歩き慣れた通学路を辿って、この目的地に到着した。  彼女が顔を上げると、見通しの良い大通りを走り去る、何台もの車両。脇の公園からは、子どもたちの遊ぶ賑やかな声が相変わらず響いている。  一見すると、何も変わらない平凡な日常。穏やかな、平和な街の光景。  だが、それは儚い仮初の姿だと、初は知っている。 「もしも――」  もしもあの時間に、この場所を歩いていなかったら。大型トラックを運転していたのが、運転経験が浅く、あの日が初出勤の彼女ではなかったら。ボールを追いかけた子どもが、飛び出さなかったら。  そうすれば、初の友人、沖田奏(おきたかなで)は、今も尚、初のそばで生きていたかもしれない――  初は、くっと歯噛みする。あの日のことが、脳裏へ鮮明に蘇っていた。  異様なブレーキ音に集中する、多くの視線。しかし、驚きに声を上げる子どもの親や通行人は、誰もが地面に足を縫い止められてしまったかのように、ただ息を呑み、目を見開いて、一部始終を見守っているだけだった。  まるで、スクリーンを眺めるように、誰一人として動く者はいなかった。  そう――たった二人を除いては。 「奏ちゃんだけ……あの場で動いたのは、奏ちゃんだけだった……」  そうして、その奏の行動を見て咄嗟に走り出した、初だけ。  彼女たち、二人だけだったのだ。  他の人間は、全員しばらく時が止まったみたいに、その場で立ち尽くしていた。まるで、そういうシナリオの映画でも見せられているかのように、誰かに指示でも受けていたかのように、彼らは誰一人として、駆け寄って行くことすらしなかった。  即死だったかもしれないけれど、それでも、呆然と見つめていただけで、助けようとすらしなかった。  (はな)から、諦められていた命――  そのくせ、何もできなかった自分たちのことを棚に上げて、無茶をしたなんて言う者もいたし、動けなかったことを隠すように美談として語る者もいた。  初には、それが許せなかった。  拳を握り締める手に、力がこもる。ギリギリと、爪が手のひらに食い込んだが、本人は痛覚を失ったかのように、まるで気付かない。  鋭く睨みつけるのは、あの日の光景。忘れもしない人たちの顔を思い浮かべて、少女はギリリと歯を食いしばる。
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