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その時だった。初が聞き覚えのある声を聞いたのは。
「待って! こら、待ちなさい!」
後方からの怒声に振り返ると、公園から出てきた一組の親子の姿があった。逃げる子を追う形で、こちらへ向かって駆けている。先程浮かんでいた光景の一部に、ぴたりと重なった。
「あの子……」
少女の目が見開かれ、釘付けになる。
「間違いない――奏ちゃんが助けた、あの時の子だ……!」
親子は、初のことになど気付かず、一目散に彼女のすぐ脇を通り過ぎていった。初は開いた口が塞がらないまま、追うように視線を彼女たちへと向ける。
と、すぐその先で、曲がり角を折れてきた自転車と衝突しそうになっていた。耳障りなブレーキ音が、甲高く鳴り響く。
「――っ!」
あわや事故というところで、なんとか自転車側が避けてくれたおかげで、誰にも怪我はなかった。
驚きから開いたままだった初の口が、塞がる。目が据わった。
「また……また、性懲りもなく……」
もしも、自転車側が避けきれなかったら……。避けても転んでしまって、打ち所が悪かったら……。他の通行人を巻き込んでしまったら……。今回は無事に済んだけれど、誰かが怪我をしかねない状況だった。
だというのに、あんな事故を経験しておきながら、親子には危機感がなかった。どころか、反省の色がまったく見られない。
なんと母親は、悪びれもせずに、まるで自転車側が飛び出して危険運転を行っていたかのように、横柄な態度を取っていた。不満顔の女性が、取り合うだけ無駄と判断したのか、呆れながらペダルを漕いで、初の横を走り去っていく。
その一連の態度に、初の胸中は荒れていた。どうして、ああいう人間が助かるのか。こうして、痛い目を見ずにのうのうと生きているなんて――と。
「おかしい……危険のトリガーばかり引いて、周りを次々と巻き込んでいるのに。そのくせ、自分たちだけは被弾しないなんて……」
おかしい。おかしいおかしい――初の中で、何かがじわじわと広がっていく。心を染め上げるように支配していく。
彼女の思考は、おかしい。そうだ。間違っている。
初は、わがままも迷惑も自分勝手も、何もかもそれ自体は、悪いことだとは思っていない。彼女自身だって、わがままを言うこともあるし、迷惑をかけてしまうこともあるし、自分勝手な発言をすることもあると自覚しているからだ。
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