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初には、それがわからない。理解ができない。
どうして、前を向かなくちゃならないのか。どうして、留まってはいけないのか。
生まれてきたことに、生きていたことに、死んだことに、いちいち意味や理由が必要なのか。
それは、すべて遺された側の都合じゃないのか。
彼女は、創作された物語なんかじゃない。ドラマ性のある、仕組まれたフィクションじゃない。ちゃんと生きていた、一人の人間だ。意思を持って息をしていた、人間なのに。
どうして、記憶の中にしまおうとするのか。どうして、過去のことにしようとするのか。
だったら、気紛れに語らないでほしい。忘れるならば、彼女との記憶をすべて自分に与えて欲しい。自分が知らない彼女を、全部教えてほしい。
それができないのなら、大好きな彼女のことを、わかったように口にするのは許さない。
話せなくなった彼女を好き勝手に語るなんて、そんなのは辱めだ。
「……そうだ。許さない。許しちゃいけない。守らなくちゃ。わたしが、やらなくちゃ。今まで、奏ちゃんに救われていたんだ。助けてもらってきたんだ。だから、今度はわたしが返す番だ。今度こそ、わたしが奏ちゃんを救う番だ」
初の瞳に、光が宿る。奏を失ってから初めて、彼女が生きる意味を見つけた瞬間だった。
「そうだ。わたしが、奏ちゃんを守ってみせるんだ。……ねえ、奏ちゃん。見守っていてね。きっと、わたしが奏ちゃんの尊厳を守ってみせるから。絶対に、守り抜いてみせるよ。だから、安心していて。これ以上は、誰にも汚させない。大丈夫。わたしは、ずっとそばにいたんだから。いつだって、どんな時だって、ずっとずっと見ていたんだから」
だから、きっと大丈夫。初は、自身にそう言い聞かせる。
「わたしなら、奏ちゃんのことをよく知っている。奏ちゃんのことなら、何でもわかる。知らないことなんて、何一つもないくらいに。だって奏ちゃんは、わたしのたった一人のかけがえのない人なんだから。ねえ、奏ちゃん。奏ちゃんのためなら、わたし、何だってできるよ。嘘じゃない。大袈裟でもない。苦手なことでも構わない。大事な大事な奏ちゃんのためだったら、わたしは何にだってなってみせるからね」
今の初には、何も怖いことなんてなかった。何も恐れることなんてなかった。
何故ならば、これで奏が救われるから。自身の手で、彼女を救えるのだから。
初にとって、これほど幸せなことがあるだろうか。
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