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「このわたしが、奏ちゃんの役に立てるなんて……夢みたい……」
初は、空を見上げる。そうして、思い描いた奏の笑顔に向かって、心で語り掛けた。
ねえ、奏ちゃん。きっと、また微笑みかけてくれるよね。喜んでくれるよね。
わたし、頑張るからね。だから、見ていてね。絶対だよ。
今度こそ、ずっとそばにいようね。ねえ、いてくれるよね?
約束だよ。絶対の、絶対だからね……。
「ふふ……楽しみだなあ……」
――しかし、既に歯車は狂いだした後であった。それを知るのは、奏ただ一人であったのだった。
◆◆◆
初には、通学路で必ず足を止める箇所がある。見晴らしのいい大通りの脇だ。
このおよそ一週間、変わらない。毎日、学校からの行き帰りに通りかかるそこは、事故現場。
それは、奏を失った場所。
初にとって、すべてが終わった場所だ。
いつものように、初が帰宅中に通りかかると、誰かが立っていた。第一印象は、とても脚の綺麗な人だということ。そんな目を惹く女性の背中が、献花の前で立ち尽くしていたのだ。
項垂れたシルエットに、誰だったかと記憶を手繰りながら、少女はゆっくりと近付いていく。すると、その女はあろうことか、手に握り締めていた花束を乱暴に引き千切り、投げつけるが如く、辺りにばら撒き始めたのだった。
あまりにも突然のことだったので、初は思わずギョッとして、足を止める。そうして、まるで鬼の形相と見紛う彼女の横顔を見て、蘇った記憶があった。少女の目が、見開かれる。
「あ、あの人……!」
初は、叫びそうになった口元を咄嗟に両手で覆った。
見覚えがあるはずだ。彼女は、あの大型トラックの運転手だったのだ。
目の下の色濃いくまに、血色の悪い相貌。ボサボサの頭に、よれよれのシャツという、当時とはまったく異なる出で立ちをしていたせいで、初はすぐに気付くことができなかった。表情もそうだ。虫も殺せないような温和さが、今や面影すらない。
けれど、間違いない。初が、間違えるはずがない――彼女は、あの日に加害者となってしまった女性だった。
とはいえ、これはいったいどういうことか。彼女は、奏に花を供えに来たのではないのか。いくら自身が持参した花とはいえ、荒らすなど言語道断。初には、女の行動が到底、正常なものとは思えなかった。
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