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そうして少女が、驚愕に言葉を失い立ち尽くしていると、彼女が肩を震わせていることに気が付いた。きっと、加害者には加害者なりの苦悩があるのだろう――身なりも、そのことを象徴しているようだと、初は彼女を憐れに思う。
だとしても、何をしても良いわけじゃない。そんなことは、免罪符にはなったりしない。ましてや、被害者に当たっていいわけがない。亡くなったのは、奏の望みではないのだから。
それなのに、抵抗できない相手へ一方的に感情をぶつけるなんて、卑劣極まりない。これは、どんな理由があったとしても、許せることではない。
おかしい。おかしいおかしい――初の中で、何かがじわじわと広がっていく。心を染め上げるように、支配していく。
彼女の行動は、おかしい。そうだ。間違っている。
初は、一歩足を踏み出す。女を見据えて、ふつふつとボルテージの上がる怒りを自覚した。
彼女は、奏を汚した。冒涜した。目の前で命を奪った挙句、更に追い打ちをかけるように、辱めたのだ。
――許しておいて良いわけがない。
初の拳が、ぐっと握り締められる。だが、女は次の瞬間ハッとして、突然決まりが悪そうに顔を顰めたかと思うと、一目散にその場を駆け出していってしまった。
「え――ええっ?」
初が驚きながら慌てて背中を追うも、戸惑いからロスタイムが発生したことも相まって、どんどんと離されていく。そうして、とうとう姿を見失ってしまったのだった。
「どうして、急に……こっちに気付いたわけでもなさそうだったのに……」
彼女は、こちらを振り返らなかった。おそらく我に返って、自身の行いが恐ろしくなったのだろう。まるで、逃げるような態度だった。
「次見つけたら、絶対に許さない……」
ぼそりと呟いて、初は見えなくなった背中を睨みつける。しかし、いつまでもそうしているわけにはいかないため、足を進めた。
冷めやらぬ怒りのせいか、帰宅中の記憶はなく、初はいつのまにか自宅の前に立っていた。とはいえ、初にとっては別段珍しくもない。知っている道だ。考えごとをしていたら、よくあること。足が勝手に歩いてくれるのだ。
そのため、特に気に止めることもなく、少女はまっすぐに自室へと向かう。そうして、そっと大事にプリンセスドールを抱き締めた。
「かなで、ただいま……」
このドールは、奏にそっくりな、初の宝物。命より大切な「かなで」と名付けたドール。そんな彼女を胸に抱きながら、初は目を閉じる。
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