バラバラドール

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 何かあるなしに関わらず、初は帰宅すると、必ずかなでをぎゅーっと腕に抱き締めた。かなでは、初の精神安定剤だ。 「かなでがいてくれて、本当に良かった。かなでに出会えて、本当に良かった。かなでを見つけられて、本当に良かった。わたしは、かなでをお迎えできたことを、心の底から幸せだと思っているよ」  ドールを見つめながら、初は思う。もしもかなでがいなかったらと思うと、考えただけでゾッとした。それこそ、どうなっていたかわかったものじゃない。初は、初のままではいられなかっただろう。  だからこそ、初はあの日の出会いに感謝する。あれは、奇跡と呼べる瞬間だ。どこにも、当たり前なんて存在しない。  彼女は、この先もずっと変わらず、かなでを大切に思い、扱い続けるだろう。 「もう、こんな時間……」  どれくらい、こうしていたのだろうか。すっかりと空は暗くなり、室内を見渡せなくなっていた。初は、制服姿だったことを思い出し、電気を点けて一度かなでを脇に置く。部屋着に着替えて、放り出したままのカバンを片付けた。 「さて、と。かなで、また後でね」  かなでに小さく手を振った初は、部屋を出る。そろそろ夕食の時間だからだ。彼女がリビングに辿り着くと、テレビからはニュースキャスターの聞き取りやすい声が流れていた。初がキッチンやリビングをうろうろしていると、とあるニュースに彼女の意識が誘われた。 「本日、午後四時頃。――駅で、特急列車と――の接触事故が発生しました。この事故の影響で運行は取り止めになっており、現在、復旧の見通しは立っておりません。尚、路線会社では、振替輸送を実施しており――」 「え? 何? 何と接触したって?」  映し出されていた駅の外観は、初のよく知っている場所だった。最寄り駅と同じ路線で、隣町にある駅。二駅隣の、身近な場所だった。 「こんな近くで、人身事故があったんだ……よく聞いてなかったけど……」  この時の初は、この事故を他人事だと呑気に捉えていた。時々起こってしまう事故に、しかし特別性は微塵もなく、少女が部屋に戻って日常を過ごす頃には、すっかりと意識から忘れ去られていた。  翌朝、もう一度目にするまでは―― 「これ、昨日の……」  どの放送局もこぞって取り上げるニュースに、初は昨夜の記憶が蘇る。新聞各社も、朝刊の一面をその事件で飾り立てていた。
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