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13.団子たちの猛攻
恐れていたことが起きてしまった。タヌキたちが、公衆の面前で変化してしまったのだ。
驚いたのは、ふさのだけではない。間近でタヌキを見ていたチエリたちは、皆一様に硬直していた。目の前で起きた出来事に、度肝を抜かされたようだった。
次の瞬間、団子に化けた子タヌキたちが、一斉に金髪の男の顔を目掛けて飛んで行った。小さな丸団子が、パチンパチンという音を立て、男の目や鼻、頬を打つ。
団子たちは、チエリにも向かって飛んで行った。頭の上に着地し、綺麗に整えられている長い髪を揉みくちゃにしてしまう。
急にタヌキに襲われたかと思うと、そのタヌキが団子に変身した。そして、今度はその団子に攻撃される。余りに奇想天外な事件だ。
何が起こっているのかパニックになったらしいチエリは、悲鳴を上げながら走って行ってしまった。それに続いて、他の酔っ払いメンバーも散っていく。
残ったのは、最初に裕美子に絡んでいた金髪の男だけになってしまった。彼だけは必死に団子を追い払おうとしているが、ちょこまかと動く小さな敵に翻弄されている。
その時、店長がひょこりと店内から顔を覗かせた。外の騒ぎが聞こえたのかもしれない。訝しげな顔をしていた。
「店長!」
店長の姿を目にした裕美子が、声を上げた。しかし、それと同時、派手に動き回っていた団子たちも静かになった。
「香坂さん」
「店長、いいところに」
「うん? 何があったの」
店長が裕美子に問う。裕美子は興奮を隠しきれずに、一気にまくし立てた。
「実は、犬みたいな生き物が現れて」
「犬?」
「それで、小さな丸い団子のようになったんです」
「団子?」
裕美子の説明に、店長は眉根を寄せる。
裕美子は「そうです」と言って、辺りを見渡した。つい今しがた、犬に間違われたタヌキたちが団子に変身し、その団子が暴れ始めたのだ。怪奇現象だ。これが落ち着いて話すことなどできようか。
だが、裕美子が辺りを見渡しても、先程まで居たはずの団子はすでに姿を消していた。タヌキも居ない。辺りは静かそのものだ。ただ、目の前に肩で息をしている金髪の男が立っている。それだけだ。
数人の通行人は何が起きたのかと傍観しているが、口は出してこなかった。少し離れた場所で遠巻きに見ていただけだったので、団子の姿まで確認できていなかったのだろう。実際、タヌキが団子に化けたと言って騒いでいる人は、誰も居なかった。
団子の影は、ふさのにも見付けられなかった。どこに行ってしまったのだろうか。店長の出現と共に、そのまま姿を潜めてしまったのだろうか。
「あ、えーと、その」
自分がおかしなことを言っている気がしたのか、裕美子は言葉を詰まらせた。そして、困惑した表情のまま、今度は金髪の男に視線を移した。
「あー。その、こちらのお方が、クーポンの件で……」
「クーポン?」
裕美子は、絡んできていた金髪の男に話題を変えた。男は、ぎょっとして目を見開く。
店長が、男との距離を詰めた。
「うちのクーポンに、何かありましたか?」
そう問えば、男もたじろいだ。男は、クーポン券にかこつけて、裕美子に性的なものをにおわせるサービスを求めていたのだ。迷惑行為以外のなにものでもない。
その上、不可解な団子事案まであった。チエリを含め、男の連れは全員消えてしまったので、周りに仲間は誰一人居ない。どう弁明すればよいのか、分からないようだった。
「……いや、別に」
男がやっと出した返事は、それだけだった。それから、小さくお辞儀をし、そのまま逃げるように去ってしまった。
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