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10.お買い物
「おつかいであるか」
「であるか」
「であるか」
三匹のタヌキが重ねて尋ねてくる。ふさのは、トートバッグに詰めた毛玉たちに目をやった。
「そうです。だからタヌキさんたち、余り顔を出さないで下さいね」
「何故であるか」
「人間が皆、ビックリしますから」
そう言って窘めると、小さな毛玉は大人しく身を潜めた。ふさのも、ほっとしてバッグから目を離した。
居酒屋マメ助で、出来上がったばかりの卵焼きを摘まんでいたタヌキを急ぎ回収したふさのは、店長の指示通り、近所のディスカウントショップに足を運ぶことになった。突然消えた卵焼きに、マメ助の店員数名は不思議そうにしていたが、なんとか犯人の姿は見られずに済んだようだ。
そもそもふさの以外にタヌキたちの姿が見えるのかどうかは分からない。だが、試してみるのも恐ろしい。店内で、あるいは街中でタヌキが現れたとなると、少なくとも、ちょっとした騒ぎになりそうだ。アルバイト中に、そんな賭けに出ることはできない。
店から出ると、外は肌寒かった。何か羽織るものを持ってくれば良かったとも思ったが、ディスカウントショップはすぐ近くだ。
小走りで目的地まで行き、目当ての食材を手早く選んでいく。買い物籠の中に一つ、また一つと品を入れていけば、その度にタヌキたちが珍しそうに顔を覗かせたが、繰り返し注意して頭を引っ込めて貰った。また彼らが悪さをしてはいけないので、おちおち長居もできない。
ものの十五分程で買い物を済ませ、ふさのはマメ助へと急ぎ向かった。マメ助に戻ったら戻ったで、またタヌキたちが何やらしでかさないとは言い切れないが、店外の広い場所で一騒動があるより被害は少ないかもしれない。
マメ助の店の入り口付近まで戻る。すると、そこに小さな人だかりができていた。人数にして、五、六人。新たな団体客だろうかと思ったが、何やら不穏な雰囲気が漂っている。
どうやら、誰かが揉めているようだった。
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