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11.スクールカースト
「それで結局、サービスしてくれる訳? どうな訳?」
大きな声を上げているのは、背が高く、金髪の若い男性だった。その後に、甲高い女性の笑い声も聞こえる。
ふさのは、わずかに距離を保ったまま、その集団を観察した。
「ねえねえ、黙ってちゃ分かんねーよ。お姉さんってば」
酔っぱらっているのか、金髪の男の足取りは不安定だった。その連れらしき他の男女も、顔が赤い。どこかでお酒を飲んでいたのだろう。
彼らが取り囲んで絡んでいるのは、同じマメ助のアルバイト従業員、香坂裕美子だった。手にチラシを持っているので、最近マメ助で始めたクーポン券を配っていたに違いない。そこを、厄介な酔っ払いに掴まったのかもしれない。
裕美子は明らかに困っていた。眉を八の字に下げ、体を小さく縮こまらせて対応している。
「あの、すみません。これはただのお店のクーポンで」
「だーかーらー、それはもうさっき聞いたって。そうじゃなくて、俺はお姉さんがクーポンで店外サービスしてくれるかどうか聞いてるわけ」
「店外サービス……?」
「もー、そんなことも一々言わなきゃダメなわけ? お姉さんってば破廉恥な。俺、困っちゃうじゃない」
そう言って、男は裕美子の肩を抱いた。裕美子がびくりと震える。
「あの、困ります。本当に……」
裕美子が、か細く消え入りそうな声で拒否する。しかし、そんなことを男たちが気にしている様子はない。
連れらしき女性が「もう、やめてあげなよー」などと言っているが、その声色は楽しんでいるようにも聞こえる。本気で止める気はないのかもしれない。
しかし、よく見ると、その連れの女性の中に見知った顔が居た。同じ大学のマドンナ、西山チエリだ。いつものように艶のある髪の毛をいじりながら、小さく笑っている。
その存在を確認した瞬間、ふさのの体がかっと熱くなった。知っている人物が、同じアルバイトの仲間をからかって楽しんでいる。その事実に、何とも表現しがたい憤りを感じた。
今すぐ傍に行って、止めるべきだ。
そうは思うものの、どう言って止めるべきか。ふさのとチエリは友人ではない。たまたま同じ大学に通っているというだけで、他人なのだ。
チエリは校内でも一際目立つ。彼女の存在を知らない学生は居ないくらいだ。こちらが一方的にチエリの存在を知っているだけの関係で、相手はふさののことなど知らないだろう。
そんな自分がチエリに向き合ったところで、何が言えよう。
「あれは何であるか」
黙って立ち尽くしていると、バッグからタヌキたちが顔を出した。三匹とも、きょとんとして人だかりを見つめている。
「酔っ払いの人が、何か絡んできてるようです。絡まれているのは、私と同じアルバイトの子ですけど」
そう説明すると、タヌキの一太郎が「ふむ」と頷く。
「助けに行かないのであるか?」
「え?」
「困っている仲間を見て、何もしないのであるか?」
小さな頭を傾げて、タヌキが聞いてくる。その言葉に、ふさのは「それは、助けたいですけど」とだけ答えた。その後の言葉は、出てこない。
もちろん、本音だ。アルバイト仲間の裕美子を助けてあげたい気持ちはある。
だが、相手は大学内で有名なチエリである。そして、ガラの悪そうな酔っ払い男性も居る。彼らに下手に関わって、後悔するのは目に見えている。
マメ助に急ぎ戻り、店長を呼びに戻るべきかもしれない。そのためにはチエリたちのすぐ傍を通らないといけない。酔っ払い集団に気付かれることなく通り過ぎることができれば良いが、ふさのは絡まれている裕美子と同じ制服を着ている。もし、裕美子と同様に目を付けられたら、どうすれば良いのだろう。
そんなことが脳裏を過るだけで、足が動かない。
「私には、あんな大人数の人を相手に、無理です」
ふさのは、タヌキたちに視線を落として言った。小さな獣たちが、益々首を傾ける。
「人数? 人数が問題であるか?」
「それは……」
「大人数じゃなければ、助けに入るであるか?」
タヌキたちには、ふさのの葛藤が分からないのであろう。まん丸の目を更に丸くし、不思議そうに見上げて来る。
実際にこれは、人数の問題ではない。ふさのとチエリの、位の差なのだ。大学内の複雑なスクールカーストなど、小さな獣が知る由もない。
誰にでも存在を認められ、王女のようにもてはやされるチエリ。そして、可もなく不可もなく、目立たない平民の自分。
平民が王女にたてつくなど、あってはならないことだ。
黙っていると、バッグの中から一太郎が転がり出た。茶色の毛玉が、アスファルトの地面に器用に着地する。
「あ、ちょっと」
ふさのの制止も間に合わず、二太郎、三太郎までもが飛び出てしまった。彼らも上手に尻尾を使い、バランスよく地に降り立った。
「よし、ここらでわっちらが一つ願いを叶えてやるである」
くるりと振り返り、一太郎が自慢げに言う。二太郎、三太郎も、意気揚々と胸を張った。
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