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4.夢か幻か
ベッドの上で目を覚ましたふさのは、辺りを見渡した。
自分の部屋だ。間違いない。神社ではない。大学でもない。
これは、現実なのだろうか。
ぼうっとする頭で考える。目を擦り、布団から足を放り出す。フローリングの床が冷たい。時計の針は、朝の六時半を指し示していた。
次に、カレンダーを確認する。日曜日だ。大学も休みだから、二度寝してもまだ問題ない時刻だ。ただ、眠気は全くない。
それも無理もなかった。ふさのは、十分すぎる程に長い時間、眠ってしまっていたのだ。
昨日は、隣に住む川崎ヨネに頼まれ、人気のない神社に赴くことになった。そこでおかしな体験をし、訳も分からぬまま、家に戻った。
何せ、狐の石像が喋ったのだ。
ふさのは恐ろしくなって、家に着いたらすぐに風呂に入り、夕食を摂らないままベッドに入った。途中で母親に起こされた気もするが、体調が悪いと言って、布団から出なかった。
お陰で、半日以上寝ていたようだ。眠り過ぎて、背中が軋む。首や肩も痛い気がする。
ふさのは、纏まらない頭で、今一度昨日のことを思い起こしてみた。
常識では考えられない、漫画のような体験をした。こんな馬鹿げたこと、誰に言っても信じて貰えないだろう。
やはり、夢でも見ていたのだろうか。
どうしてもそう考えてしまう。だとしたら、どこからどこまでが夢だったのだろう。狐が喋ったところからか、神社に行ったところからか。隣人のヨネに会ったところからか、それとも大学に行っていたところからか。
考えれば考える程、思考が迷路に入り込む。答えは堂々巡りだ。正解が分からない。
埒が明かなくなり、ふさのは自室から出て、台所へ向かった。母親はすでに起きていたようで、朝食の準備をしていた。
ふさのの存在に気が付いた母が振り返る。
「あら、おはよう」
「おはよ」
「あなた、夜の間に起きてご飯食べるかと思って残しておいたんだけど、結局食べなかったのね。今朝の調子はどうなの?」
「ああ、ごめん。もう大丈夫だと思う」
母の言うように、テーブル上には昨夜の夕食がまだ並べられていた。埃が被らないよう、食品用ラップフィルムに覆われた、筑前煮とホウレン草のゴマ和えだ。
「朝ご飯は食べられそう?」
「うん」
「パンにするの? 焼こうか?」
「いや、昨日の晩ご飯食べる」
そう言って、自分の箸を手に取る。すぐに母が温かいご飯と豚汁を持って来てくれた。
「昨日、一体どうしたの」
「うん、ちょっと」
「ちょっと?」
「なんか、頭痛くて。食欲もなかったから、ごめん」
昨夜、何も食べていなかったせいだろう。空っぽになっていた胃に、豚汁の甘味が染みていく。豚バラ肉、大根、人参、玉葱、ゴボウ。優しい白味噌が、全ての具材に絡んでいる。
一晩ねかされた筑前煮も、醤油と砂糖がしっかり染みて、ちょうど良い。
ほう、と溜息が漏れ出た。
「美味しい」
「そう? それは良かった」
「うん、本当に美味しい」
狐の件は分からないけれど、今口にしているこの食べ物は現実なのだと、体が教えてくれる。一口、二口と箸を進めていると、ぼんやりしていた頭も、少しずつ覚醒してきた。
朝食をあっという間に終えたふさのは、外を見た。今朝は雲一つない快晴だ。これを食べ終えたら、隣に住む老婦人に会いに行ってみよう。
一人、ふさのは頷いた。
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