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6.賑やかな社
「はい、つぼ」
「丁か、半か」
「さあ、張った」
「張った、張った」
「丁」
「丁」
「丁? 半片ないか、ないか」
生々たる声が飛び交っている。ふさのは驚いて、声も上げられなかった。意を決し、近所の神社に来てみれば、信じられない光景が待っていたからだ。
社殿に続く石畳の上、ござを敷いて、数匹の生き物が居る。彼らは、丁半博打をしていた。ただ、その姿は人間ではない。だからといって、その辺りでペットにされている、可愛らしい動物とも違う。
まず中央に、茶碗ほどの大きさのツボ皿を持った、痩せこけた緑色の化け物だ。金色の目、短いクチバシ、背に亀の甲羅、頭に皿を乗せているところからすると、河童のように見える。
その河童らしき化け物を挟むように、左右にまた違った生き物たちが居る。バンダナを首に巻いているのは、全く同じ顔をした、三匹の子タヌキたちだ。
玉虫色をした美しい蛇も居る。体は小さいが、少し体をくねらせただけで、鱗が怪しく光っている。手足はなくとも、舌で器用に丁半博打の札を動かすことができるようだ。
一番滑稽な姿をしているのが、動く鏡だ。大きくて丸い鏡面に、太い人間の足がついている。顔や手などは見受けられない。ただ、鏡に足だけが生えている。
そして、昨日ふさのが会話した、例の狐の石像も居る。今日もよどみなく動き、皆と楽しげに話をしていた。
「さあさあ、半片ないか」
「いや、丁」
「はい、どっちも、どっちも」
「どっちも」
勢いの良い掛け声が繰り返される。場はしっかり賑わっているようだ。
ふさのはそっと腰を屈めて姿を隠そうとした。しかしその時、正面に居る河童らしい生き物と目が合ってしまった。人ならざる金色の目が、かっと見開かれる。
「人間の娘っこが来ておりますな」
河童らしき者が言えば、皆が一斉にふさのを見た。化け物たちに注目され、「ひっ」と喉が鳴る。
「やはり、また来たか」
狐が細い目を更に糸にして笑った。ふさのは、ぶんぶんと首を横に振った。
「あの、違うんです。すみません。私、覗くつもりはなくって」
「良い良い、どうせ来ると思っておった」
「え、その」
「構わん。汝も混ざるがいい」
そう言って、顎をくいと引き、招かれる。
昨日は、狐の像一体が喋っただけで、パニックを起こしてしまったのだ。それなのに、こうもたくさんの化け物たちが一度に現れれば、脳がオーバーヒートを起こしてしまう。
そもそもこの社には、石像が喋るトリックを解明しに来たのだ。それなのに、まさかそれ以上の奇異が待ち構えているとは思わなかった。
逃げなければ。
危機感を覚えて、ふさのは足に力を入れた。しかし、不思議なことに、膝から下が動かない。地にくっついてしまっている。
何が起きたのかと慌てていると、狐がにやにやと口元を歪めているのが見えた。これは狐の仕業だろうか。そう問いたくても、恐ろしくて聞くことができない。
「早う来いと言うておるに」
狐が言えば、今度は急に足が軽くなった。そうかと思えば、引力のように体が引っ張られる。
ふさのは、訳も分からぬまま、歩を進めることになった。人間ではない者たちに、物珍しそうに観察されているのが分かる。頭の中は相変わらず真っ白だ。息の仕方さえ忘れそうになる。
すると、ふさのの前に、さっと小さな影が横切った。
「おい、人間」
飛び出して来たのは、「一」と書いたバンダナを付けた、子タヌキだった。短い手を一杯に広げて、通せんぼしている。
「ここは、タダでは通せないのである。わっちらの許可が要るのである。まずは名を名乗るのである」
「そうである。名乗るのである」
「名乗るのである」
「二」と「三」と書いたタヌキも言う。狐の像が溜息を吐いた。
「何を勝手な事を言っておる。この娘は我の客人だ。タヌキらは退いておれ」
「いやである。わっちらは人間の通行を許可していないのである」
「していないのである」
「いないのである」
子タヌキたちがわんわんと鳴いて抗議する。狐が忌々しげに舌打ちをした。
「これだからタヌキのガキは」
「またそんな事を言って。子守を頼まれたのは、今日一日の事じゃないですか」
蛇がねっとりとした声で言う。河童らしき生き物が、拡げていた賭博のセットを端に寄せて、ふさのに笑い掛けた。
「まあ、お嬢さん。立ち話もなんですから、こちらに来て腰掛けなさい。何も取って食いはしませんから」
緑の化け物が指し示した場所には、木製の小さな台座があった。
ふさのは、軽く会釈をして、そこに腰を下ろした。その途端、体が操られている感覚も、どこかへ消え去っていた。
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