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7.人ではない者たち
「私はこの見ての通り、河童でしてな」
「あ、はい」
「もう三百年は生きている。あなたらが言うところの、江戸時代か。まあ、老いぼれジジイの妖怪です」
一番に身を明かしてくれたのは、緑色の化け物だった。気味の悪い見た目とは反して、紳士的で礼儀正しい。声が僅かにしゃがれているので、彼が言うように本当に年老いているのかもしれない。
河童に自らの名も名乗ると、つんつんと腕をつつかれる。振り向けば、蛇が体をくねらせてこちらを見ていた。
「お嬢さん、私も自己紹介をするわ。こう見えて私、龍神ですのよ。今は小さな蛇の姿をしていますけれど」
「どうぞよろしく」と挨拶され、ふさのも会釈する。
ふさのの脳内では、龍神はもっと大きくて威厳のある姿をしていたように記憶しているが、当の本人が言うのだからそうなのだろう。もしかしたら嘘かもしれないが、真偽を確かめる術は持ち合わせていない。
河童が、次にタヌキたちに視線を向けた。
「それで、これらが三つ子のタヌキの、一太郎、二太郎、三太郎です。今日はちょっと、親タヌキに子守を頼まれていましてな。その親は巷でも有名な化けダヌキですが、こやつらはまだ何にも化けることはできんようです」
笑って言われれば、タヌキたちは頬を膨らませた。
「何を言うである。わっちらも化けることはできるのである」
「できるのである」
「である」
得意げに胸を張るものだから、狐がふふんと鼻を鳴らした。
「そこまで言うなら、何か化けてみよ。吟味してやる」
「この狐め、見て驚くなである。わっちらの得意変化を見せてやるのである」
「やるのである」
「である」
狐に煽られた子タヌキたちは、意気揚々と宣言して、三匹縦に連なった。上から、一太郎、二太郎、三太郎である。
そして、何やら不可思議な掛け声と共に姿を変えたのは、桃、白、黄緑の三食団子だった。確かに見事な化け具合で、見た目こそ和菓子屋で売っていてもおかしくない出来だ。淡い色で艶があり、ぷっくり丸々としている。だが、何故よりによってこの変化を選んだのかは、謎である。
狐も、けらけらと腹を抱えて笑った。
「これはこれは、大層美味そうなものに変化したものじゃ。三匹纏めて、花見のツマミにでもしてやろう」
狐が傍にあった木の枝を折り、簡易な串を作った。そして、それを持って団子たちを串刺しにしようとする。
団子たちも、食われては敵わないと、慌てて転がり、逃げ出した。
「これ、待たんか。我が食うてやるに」
タヌキ達は、団子姿のまま遁走する。変化を解けば済むのだろうが、そのまま右に左に動いている。
河童も、「騒がしくて申し訳ない」と、頭を掻いた。
すると、まだ紹介されていない者が一人、ふさのの前に歩み出て来た。神社の本殿でよく見かける、二十センチ程の丸い鏡だ。
河童が、こほんと咳払いする。
「ああ、遅れてすまない。この鏡は、付喪神の神鏡ですな。まだ百年ほどしか経ってないせいか、足しか生えておらんが、動く事はできる。心優しい鏡ですぞ」
鏡が優しいとはどういうことかと不思議に思うが、そんな質問をするのも愚問な気がした。そもそもここに居る皆は、人間ではない者たちばかりなのだ。鏡の性格云々よりも、この生き物たちの存在自体が謎に包まれている。
全ての者を紹介し終えて、河童は「それで」と、ふさのが持っていたものを指差した。
「お嬢さんは、随分と美味そうなものを持っておられる」
「あ、これですか?」
「それは人間の食べ物ですかな? 何という名前で?」
河童が興味を示しているのは、先程、ヨネから渡された袋だった。ふさのは、中身がよく分かるように見せてやった。
「これは蒸しパンです。頂き物なんですけど」
「ほう、蒸しパン。初めて見ますな」
「良かったら、食べられますか? 私一人でこんなにたくさん食べられないので」
そう言うと、皆がわっと声を上げた。口には出さずとも、各々ふさのの持っていた蒸しパンに目を付けていたらしい。
「これはありがたい。では、甘酒を淹れましょう。茶会でもしますかな」
河童がにこやかに言うと、狐が「団子もあるぞ」と揶揄する。
そこでようやく、子タヌキたちが変化を解いた。
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