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9.子タヌキたちのお手伝い
「なんと、ここは美味そうな匂いが沢山するである」
「するである」
「である」
「一」のタヌキの後にすぐ追いかけてくる声もあった。「二」と「三」の子タヌキたちだ。彼ら二匹は、ふさのの足元に座り、こちらを見上げてきていた。
「え、えっ?」
まさかこんなところにタヌキたちが居るとは思わず、頓狂な声が漏れた。不思議な夢が、まだ続いている。いや、もうここまで来たら、「夢」などといった簡易な一言では片付けられない。
ふさのは、子タヌキたちを素早く腕に抱えて、目立たない厨房脇にしゃがみ込んだ。慌てたせいで、嫌な汗が一気に吹き出た。
「どうしたんですか、こんな所に来て」
一応、他の店員に見られないように、ひそひそ声で話しかけた。
子タヌキは、口角を上げて胸を張った。
「わっちらは、手伝いに来たのである」
「手伝い?」
何のことを言っているのか分からず、復唱してしまう。
「さっき貰った、蒸しパンの礼である。あれは美味かったである」
「ええ? 蒸しパンの? そんなもの、いいですよ」
「そうはいかないである。また貰わないといけないので、礼として何かさせるである」
「そうである。させるである」
「である」
ふさのの言葉など無視して、タヌキたちは好き勝手に言う。
そもそも隣人から貰った蒸しパンだ。それを分け与えただけで礼を返すとは、なんとも律儀なタヌキだ。ただ、「また貰いたいから」という理由で一方的に恩返しをするとは、考えが幼い部分もある。
「では、早速であるが」
前置きと共に、「一」のタヌキの一太郎が、ひょいとふさのの腕から抜け出した。それを合図に、二太郎と三太郎も各々動き出す。彼らは、ふさのが止める間もなく、ばらばらに散って行ってしまった。
「あ、あ、ちょっと。そんな動き回らないで下さい」
動物をアルバイト先に連れて来ていることが他の店員たちにバレては大変だ。店員だけではない。客にも見られる訳にもいかない。衛生上、飲食店に動物が居るなど、あってはならない。何より彼らは、流暢に人間の言葉も喋るのだから。
しかし、ふさのの制止も及ばず、タヌキたちはあっという間に姿が見えなくなってしまった。急いで棚の上、テーブルの下、冷蔵庫の中を見てみるが、一匹も見付からない。もしやまた団子に化けているのかとも思ったが、その団子すらも見えない。
どうしたものか。
ふさのが辺りに目をきょろきょろさせていると、大きなフライパンを抱えた店長の顔が見えた。挙動不審なふさのの様子を見て、首を傾げている。
「どうしたの、内山さん」
「え? あ、店長。いえ、その」
「何か探し物? 大事なものでもなくしちゃった?」
「いえ、えーと、何でもないんです。ごめんなさい」
ごまかし方が分からず、苦笑いを浮かべる。店長は「そう?」とだけ言って、冷蔵庫を開けた。
「あ、もう食材が大分減ってるなあ。買い置き、忘れちゃってたか」
そう言って、店長がまたふさのを見てきた。そして、眉を下げて笑った。
「内山さん、ちょっと悪いんだけど、買い出しに行ってくれるかな?なんか、色々足りてないみたいだ」
困ったようにお願いをされると、無碍に断ることができない。ましやて、密かに憧れている相手だ。
「そこの向かいのディスカウントショップでいいから。多分、色々売ってると思うんだよね」
店長が指しているのは、年中無休の店だ。確かに、そこであれば、大概の物が置いてあるだろう。距離も近いので、すぐに行って帰ることができる。
ただ、今は子タヌキたちの捜索中である。ふさのが留守の間、彼らが何をするか分かったものではない。
折角の店長の頼みを即答できずにいると、厨房内のカウンターに乗っている茶色の毛玉三匹と目が合った。彼らは、出来上がったばかりの出汁巻き卵を、口一杯に頬張っていた。
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