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接客どころか料理もできない。喫茶店の嫁として使い物にならない私と結婚しても何の得もない。彼にもそう言ったが「薬剤師の仕事を続けてほしい」と軽く返された。「結婚するからって無理に合わせることはないよ」と言うけれど、じゃあ結婚っって何なのだろうと思う。
ため息をつくと小雪が眉をつり上げた。
「明日の主役は紗弥ちゃんなんだよ。いいかげん覚悟決めてよ」
「私は松の木の役で十分です」
「また変なこと言う。衣装合わせの時すっごくきれいだったんだから自信持ってよ」
そう言って携帯電話の画面に写真を出そうとしたので静止した。
「そんなの見たくない」
「まったくもう。お店に連れて行かないと私が怒られるんだから、早く準備してよね」
小雪は肩をいからせた。子供の頃は素直で可愛くていつも後ろをついてきていたのに、結婚式に関しては彼女の方が一枚上手だ。
明日は親族同席で挙式を上げたあと、『ブラックバード』でお披露目パーティをすることになっている。私は入籍だけでよかったけれど、綿谷が私の両親にドレス姿を見せたいと望んだのだ。
彼の母親は十年以上前に他界し、大学卒業後に父親も病死している。
「ウェディングドレスなんて着ない」と言った時の彼は、どこか悲しそうだった。仕方なく「披露宴は絶対にやらない」という条件を出し、挙式の予約をした。
今夜は店でお披露目パーティの流れを確認する。幹事は同期生の有川武を含む紗弥の友人たちで、すでに店に集まっているはずだ。
武がいる場での結婚式の打ち合わせ――想像しただけで、気が滅入る。
「ごめんなさい、まだ家にいるんです。すぐ連れていきます」
小雪が電話で誰かと話していた。同期生は私が結婚前夜に逃亡するのではと疑っているらしく、妹を見張り役に任命したのだ。
そんな無様な真似はしない。けれど明日はこなくてもいいとも思う。
こっそり二階に上がろうとすると小雪に腕をつかまれた。白い歯を見せてにっこりと笑う最愛の妹。あなたが着た方がドレスもよっぽど嬉しいことだろうと考えながら、私は玄関に押し出された。
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