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3.再会と折り紙
その夜、自室に残った写真を見てため息をついた。
写真には大学のビッグバンドに所属していた仲間たちが写っている。テナーサックスを抱えた私は前列にしゃがみ、トランペットの武とドラマーの綿谷は最後列に立っている。
綿谷はこの頃、ピアニストの上級生と付き合っていた。二人は結婚するものだと誰もが思っていた。
プロポーズを受けてから「なぜ彼女と結婚しなかったのか」と聞いたら、「紗弥ちゃんこそ武と結婚するものだと思っていたよ」と返されてしまった。
その話をされたらぐうの音も出ない。「あいつとは何もない」と言葉を尽くしても、誰ひとりまともに受け取ってくれたことがないからだ。
クローゼットを開けて、最後にひとつ残した段ボール箱を空けた。中には文集やアルバム、手紙や写真がおさめられている。
養父が事故死し、再婚した母と共にこの家へやってきて二十年以上経つ。施設で育った私は、母とも血のつながりがない。実父は全く知らないし、生みの母親も精神的な病を患って私を施設に預けたとしか聞かされていない。
武も同じ施設の出身だ。出自がわからない者同士、傷の舐めあいだとわかっていても離れられずに今日まで過ごしてきた。
段ボール箱の底に収めていた箱を取り出した。中には緑色の小さな折り紙が入っている。すり切れたその紙を手に取って、そっと中を開く。
――さやちゃん だいすきだよ たけし
武が施設を出る時、ハンカチに忍ばせてくれた手紙だ。「ち」と「よ」は鏡文字だけれど「たけし」の三文字はちゃんと読める。
彼は手紙の存在を忘れているだろうし見せようと思ったこともない。ただ何度捨てようとしても決心がつかなかった。
大学で武と再会した時は、この世に奇跡は存在するのだと思った。
入学してすぐの頃、正門のそばで彼とすれ違った。驚くほど背が伸び、髪を金色に染めていた。ふり返って目が合った瞬間、世界の流れが止まった。
「……もしかして、紗弥ちゃん?」
声変わりはしていたけれど途端に懐かしい憧憬が広がって、私は歯をくいしばった。それまで抱えてきた孤独な思いが涙になってあふれ出しそうだった。
「俺のこと、おぼえてない?」
彼ははにかむように笑った。男子学生が「ナンパかよー」と冷やかしたが、彼は「違うって。古い知り合い」と落ち着いた様子だった。
「武くん……だよね」
声をふりしぼると、彼は満面の笑みで握手を求めた。
「やっぱり。一目でわかった。もしかして今から野外ステージに行く?」
私の手にあるチラシを指すと、何かのハードケースを掲げた。
「俺、飛び入りで参加するから聞きに来てよ」
そう言って強引に手を引いた。桜の坂道をかけ登る十七歳の武は、目を開けられないくらい眩しかった。
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