22人が本棚に入れています
本棚に追加
４．Hello,Bluebird
翌日は澄み渡るような青空だった。
私のドレス姿を見るなり母はハンカチで目元を押さえた。「泣くのはまだ早いわよ」と言うと、今度は父が鼻水をすすり上げる。笑っている小雪と父母と入れ替わりに、新郎の綿谷が入室した。
「……きれいだ」
タキシード姿の綿谷はため息をつくように言った。自然と口元がほころぶ。
「綿谷さんこそ、髪形決まってるじゃない」
「寝起き頭のまま来たら武に怒られたんだ。ワックスなんて初めてつけたよ」
彼は照れくさそうに顔をかいた。「君と同じくメガネも没収だよ」と素顔の綿谷が落ち着かない様子で苦笑する。
それから私の耳元で囁くように言った。
「君も綿谷になるんだから、その呼び方はないんじゃない？」
いつものように「綿谷さん」と呼んだことに気づいた。赤面して鏡越しに彼を見つめる。
「……賢吾さん？」
「うん、それでいい」
彼が満足そうにうなずくと、メイクのスタッフが優しく微笑んだ。
「新郎様の胸ポケットに入れるお花をお持ちしますね」
スタッフはあわただしく部屋を出て行った。室内に静けさが満ちて、夢と現実のはざまに取り残された気持ちになる。
私が白い手袋に視線を落すと、彼が言った。
「何か……心残りがある？」
昨夜、破り捨てた折り紙の感触を思い出した。緑色の切れ端がまだ記憶に残っている。
「いえ、ただ……幸せのあとに何かあるんじゃないかと思うと、怖くて」
彼は黙ってうなずいた。出自のことは話してあるけれど、想いを全て伝える勇気はなかった。覚悟を決めて口を開く。
「施設から出て優しい父と母に引き取られたときは……本当に嬉しかった。けど父が事故で死んで、母が再婚して荻野家に住むようになった矢先に祖母が亡くなってしまって。自分が幸せになるたびに周りの人を不幸にしてしまうんじゃないかって……ずっと思ってました」
肩に綿谷の手が乗った。肌が手のひらの熱で温められていく。
「君が不安になった時は僕がいるよ」
鏡に優しい瞳が映る。鼻の奥が痛くなるのを感じながら私は続ける。
「でもあなたまで不幸にしてしまったら……」
「その時は君がいるじゃないか。そのために僕らは結婚するんだよ」
そう言って優しく肩を抱いた。役に立ったり支えたりするために結婚するのではなく、苦しみを分かち合うために一緒になる――
そう考えた途端、胸がはち切れそうになって、一粒、涙がこぼれ落ちた。
「おっと、泣くのはまだ早いよ」
彼がおどけながらハンカチを取り出すと、スタッフが戻ってきた。私のハンカチを用意して涙がおさまるのを待ってくれる。
武と再会するまで奇跡を信じたことはなかった。何の因果か私は不幸になるために生まれ、救いの手などないと思っていた。
けれど差し出された手があった。すがりつきたい気持ちをこらえ、離さないでと願いながら、多くの人たちと手を取り合った。
手をつないだそのずっと先に、綿谷がいた。
今日から彼と手をつないで歩いていく。手渡されたブーケを握りしめながら私は綿谷の手を取った。
最初のコメントを投稿しよう！