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私の部屋に灯がついてる?
駅からの帰り道、見上げた安普請のアパート。間違いなく自分の部屋から光が漏れていた。
まさか、空き巣・不審者・侵入者……そんなバカな、出かける前に電灯を消し忘れただけよ。
それでも、鍵を開けるときは心臓がドキドキと跳ねていた。
中に何が待ち受けていても対抗できるように、まだ半分ぐらい中身の残っているステンレスの水筒を左手でギュッと握りしめ、私は恐る恐るアパートのドアを開く。
地域最安値だった1Kの部屋は、入り口から中が全部見渡せた。
「何やってんだい。早く入ってきなよ」
この部屋は私だけの一人暮らしなのに、灯のついた部屋の中から女の声がする。でも、キッチンの向こうの四畳半の部屋には誰もいない。
「あんたの誕生日なのに肝心のあんたは今日も残業。ちっとは早く帰ろうと思わないのかねぇ。おかげでこっちは待ちくたびれちまったよ」
部屋の中から聞こえてくる女の声は、いつか見たアニメ映画の花魁のように、気だるく艶のあるものだった。
「だ、誰?」
私は一歩部屋の中に足を踏み入れる。と、視界が一変した。
「え?」
部屋の中は青を基調とした花飾りで飾り付けられ、玄関脇には数個の風船まで浮いている。
「ほら、何警戒してるんだい? せっかくの誕生祝いなんだ。とっとと一張羅に着替えな」
そして、四畳半の部屋には、部屋の半分を埋めるような裾の長い衣服を着た女。
斜に構えた顔とでも言うんだろうか? 女は黒髪を高く結い、かんざしを差し、ゲームの花魁属性のキャラが着こなしていそうな赤っぽい和風?の服を着ている。
「あなた誰?」
「琉華。全く……夏祭りで掬った、ただの和金にえらく張り込んだ名前をつけたもんだよ。ま、そのおかげで、あたしがあんたの誕生日も祝えるんだけどね」
女は小さな本棚の上の金魚鉢をスッと指差した。その中で泳いでいたはずの金魚の姿がない?
「琉華は金魚……」
「だから、私がその金魚さ。ほら、着替える気がないんなら座んなよ。人間の食べ物を作り出すのは結構骨なのに、すっかり冷え切ってしまったじゃないか。あんた温め直せるかい?」
小さなちゃぶ台の上には、分厚いステーキとポテトサラダ、オニオンスープに白ご飯が並んでいる。そして、真ん中に小さめとはいえワンホールの苺のショートケーキが……。
「なんで!? なんで金魚が!?」
その状況に、パニックになっていた。
それに、こんな贅沢な料理が私の前に並んだことがない。
私は捨て子。両親の顔も知らない。育った施設でも、誕生日のケーキは八分の一のピースだった。去年施設を出て、誰も知り合いのいない大きな街で就職したけれど、高卒の私は社内の雑用係しかできなくて……バリバリ働く大卒の人たちに引け目を感じ、会社では親しい人もいない。
うんん。もともと、友達を作るのも苦手だったから、ほんとのところ誕生日を祝ってくれる人はずっといなかった。
それなのに……。
「あんたが、いい名をつけてくれたからさ。主に愛された金魚はそれなりのことができるんだよ。さ、ほらぼーっと立ってないで」
そう言われても、受け入れるのには時間がかかる。
私は自分は金魚だっていう『琉華?』をじっと見つめた。彼女がふっと笑う。
「なんだい? 信じられないかい?」
「なんで、私の誕生日……」
「あんたがカレンダーに丸つけてるじゃないか。誕生日って堂々と」
私はカレンダーを見た。最近落ち込むことが多くて、気分を変えたいって、誕生日に丸したのは確か。そうすることで、少しでも今日が特別になるんじゃないかなって。
でも、実際の今日もなんにもない平凡な日だった。ケーキ屋で1ピースのケーキを買う気も起こらないぐらい。それなのに……。
「だからって、金魚が誕生会開いてくれるなんて! まさかこれ夢? 私電車で寝ちゃった!?」
ほっぺをつねる。痛い。
「ま、夢でもなんでもいいさね。だってそうだろ? 変な状況になったら、それを楽しないと損だよ」
琉華は笑っている。最初に見た斜に構えた笑い顔じゃなくて、本心からの笑顔に見えた。
「楽しむ……楽しむ、の?」
「あんたは真面目すぎるんだよ。いっつもきつい顔で出ていって、疲れ切って帰ってくる。もっと気を抜きな」
「だって、私はなんにもできなくて」
「そうかい? 毎日会社に行って、休みの日にはちゃんと掃除して、毎日ご飯も作って、欠かさずあたしの世話もして。あたしのことをきちんと大事にしてくれているじゃないか」
「私が、大事に……?」
「感謝と伝えたいことがあって来たんだよ。あんたは自分で思ってるよりやれてるよ。大丈夫」
「私が、大丈夫?」
「そうだよ。もっと自信を持ちな」
そう言われて、足から力が抜けていった。涙が溢れる。
「金魚に、たかだか金魚に、だ、大丈夫だって言われても!」
「金魚は金魚なりに見ているさ。金魚だけじゃない、神様もちゃーんと見てる。だから、あたしが来たんだ。これから、あんたの人生は良くなっていくよ」
「本当に?」
琉華が手を伸ばしてきた。
「本当さ、その代わり、あたしを見捨てないでおくれよ?」
「ずっと、そばにいて」
涙で、顔がぐしゃぐしゃになりながら私は頷く。
「金魚は意外と長生きなのさ。それに、あたしときちんと話したんだ。あんたは明日から変われるだろ?」
「うん」
泣き笑いしながら私は琉華の出してくれた料理を食べた。お腹いっぱいになったのは覚えてる。
でもそれからの記憶はない。私は泣き笑いに疲れて、自然と眠っていたんだろう。
朝の光でハッと目が覚めた。いつの間にか私はパジャマに着替え、ベッドの上にいた。飾りのないそっけない部屋。女性の琉華の姿は消え、慌てて確かめた金魚鉢の中には一匹の和金。
誕生会は夢だったのかな? でも、私には見守ってくれる存在がいるんだ。強く信じられる。
だから、いつもと違ったワクワクした気分で朝の身支度をした。
「行ってきます! 琉華」
出かける前に金魚鉢に手を振る。琉華がプカリと泡を吐きだす。挨拶かな。ちょっと笑って、玄関を開けた。今日もいいことは無いかもしれないけど、今日からは違う人生にしてみせる。

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