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「ああっ」
叫ぶやいなや、ナナコの手が眼前に迫ってきた。どうやらやっと私のことを見つけたらしい。やれやれ、ナナコは本当に朝から騒々しい。
これでようやくナナコの曖昧な視界がクリアになった。
私を装着したナナコは、まず洗面所に走る。顔を洗うためだ。だからどのみち私はすぐにまたナナコの顔から離れることになる。
ざぶざぶと豪快な洗顔を終えたナナコは、濡れた顔をタオルで拭きながらぼんやりと前を見つめた。
鏡の中にいる、もう一人のナナコ。
本来ならこんな風にぼうっとしている場合ではない。会社に遅刻するか否かが懸かっているのだ。
ナナコが今何を思案しているのか、私には分かる。こんな場面がこれまでに何度もあったからだ。
「時間無いし、今日はコンタクトじゃなくてメガネでいっか…」
ぽつりと呟くナナコ。私からすると、何とも心外な言葉だ。まるで私がコンタクトよりも格下のような言い草じゃないか。
私はナナコにとって、およそ六代目くらいにあたるメガネだ。正確な数字は分からない。ナナコは子どもの頃から目が悪かったらしい。
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