意思持つメガネ

7/8

2人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
「よし、間に合った間に合った」  携帯電話の画面を照らして時刻を確認し、満足げに頷くナナコ。本当にナナコは一人言が多い。たまにテレビに向かって話しかけていることもある。その風景は傍から見るとなかなか奇妙だ。  薄手のコートをさらりと羽織り、カバンを肩に掛け、ナナコは玄関へと向かう。パンプスにすっと足を入れる仕草が、実に女性らしくて私は好きだ。全く、ナナコのくせに。私をこんな気持ちにさせるなんて。何だか悔しい。  さあ、ナナコの一日が始まる。メガネの私にとっても身が引き締まる思いだ。  天敵であるコンタクトにポジションを奪われ、家で大人しくしているしか術がない日と比べたら、こうしてナナコと日が暮れるまで行動を共にできることの何と素晴らしいことか。  棲み慣れたこのワンルームも居心地は決して悪くないけれど、陽の光を浴びることはメガネにとっても非常に健康的なのだ。血が清らかに全身を巡っていく。コンタクトへの鬱憤も、するすると晴れていく。 「行ってきます!」  だから、この家には誰もいないじゃないか、ナナコ。でも、一人でぶつぶつ喋るナナコのことは決して嫌いじゃない。  要するにナナコは、素直なのだ。行ってきますも、ただいまも、いただきますもごちそうさまも、ナナコは欠かさない。私はそれを知っている。  きっとナナコの心も、透明に澄んでいるのだろう。私の核とも言える、この二枚のガラスのように。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加