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来てしまったが、もう帰りたい
私は大きな門の前でキャリーケースを持って突っ立っていた。
「帰りたい…。」
きっと私の顔は青ざめていただろう。そりゃそうだ。
私は僕になって、僕だらけのこの檻の中で生き抜かないといけないんだから。
できる気がしないけど、馬鹿弟のせいでやるしかない。
でもこの時の私は知らなかった。
自分が完璧に弟と思われて女子としてのプライドがズタズタになるなんて、ね。
私こと僕は、門から入ると寮内の案内掲示板をじっくり見てから、全寮制男子校にしては瀟洒な建物の中に恐る恐る入って行った。
入り口のベルを鳴らすと強面の寮監の青年?が僕をチラ見すると、管理人に僕を部屋まで案内するように指示した。
僕はあまり目を合わせないようにしながら、軽く会釈をすると管理人の後をついて行った。
寮内はもう学校が始まっている事もあり、静まりかえっていた。
ホールからの渡り廊下からはちょっとした芝地の広場が見え、明るい日差しが降り注いでいた。
随分気持ちの良い場所なんだなと僕はスッカリ気分が上がって、心なしかウキウキと浮かれ始めていた。
案内された僕の部屋は狭いながらも清潔感があり、僕は一目で気に入ってしまった。
寮は二人部屋が原則なので自分の性別を隠しておくのも無理だと、随分家族に抵抗したんだ。
が、弟曰く部屋の構造的に大丈夫だと無理を押し通されてしまった。
たしかにお互いのベッドは部屋の死角にそれぞれ入る構造になっており、わざわざ覗きに来なければ見えないだろう。
工夫次第ではプライバシーも保てそうだ。
ただ、部屋には椅子にかかったローブからもう一人の居住者の気配がして、僕は今更ながら後悔し始めたんだ。
ベッド側で荷物整理をしていると、鐘の音が響き聞こえるのと同時に遠くから喧騒が響いてきた。
授業が終わったのだと気づく間もなく、部屋の前の廊下に沢山の足音が響き出した。
「ねぇ和也、今日もこの部屋に泊まってもいいでしょ?」
何だか甘ったれた雌猫のような声がドアが開く音と共に聞こえてきた。
僕はギクリと身体を強張らせて、恐る恐るベッドルームから共有スペースに顔を覗かせた。
「…今日はダメみたいだ。同室の奴が到着したらしい。」
背の高いイケメンに抱きつく可愛い系男子。これが弟に聞いてた男子校あるあるか…。
僕は多分ちょっと顔を赤らめながらじろじろ見てたんだと思う。
イケメンはちょっと片眉をあげて、可愛い系男子をにこやかに部屋から送り出すと僕に向き直った。
「あ、あの、僕 漆原健斗です。2年です。今日からよろしくお願いします。」
「あぁ、噂はきいてるよ。ケンケンだっけ?俺は林 和也だ。2年。入院してて来るのが遅くなったんだって?もう身体は大丈夫?」
イケメンこと林和也はソファにどっかりと腰を降ろすと、興味深そうに僕をじろじろ見た。
「あの…噂ってどんな…。」
「うーん、ちょっと噂と印象が違うから、噂は噂なのかもしれないね。ま、いっか。じゃ、俺は着替えたら先に食堂に行ってるから。」
イケメンはそう言うと自分のベッドコーナーへ消えて行った。
…健斗の噂って、何だろう…。ほんと悪い予感しかない!
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