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キスの指南役
いやいや、どうしてこうなった。
わたしこと僕は手の中にあるリストを呆然と眺めながらひとり考えた。
「だからね、僕がケンケン凄いキスのテクニシャンなんだってちょっと話したら、ご指導お願いします的?生徒が集まっちゃって。でもみんなケンケンに直接頼むのは怖いから僕によろしく頼んでくれって、そゆこと。」
佐藤は邪気のないにこやかさで、僕にとんでもない事を言い出した。
「何が、よろしく?あ?何で僕がコイツらにキスレクチャーしないといけないの?」
「いやー、実は僕自分で言うのもアレだけど、テクニシャンで有名だった訳。
その僕、佐藤がメロメロになったんだから、そりゃ人集まるよね?」
「いや、集まってもらっても、しないから。理由がないから。」
「もう一つ理由があってさ、ケンケン、ほら全然反応しないじゃん。だからなし崩しにそうならないって言う信頼があるって言うか。純粋にキスレクチャーだけしてもらえるって、繊細な子も希望出たんだよね~。」
「繊細なやつはそもそも希望出さないだろ。そいつは繊細な皮を被った何かだ。」
「うわっ、ケンケン辛辣ぅ。…案外鋭いねー。ま、とにかくこの中の数人でもいいからお願いします。」
*全然反応しない*の所はヒソヒソと言う気遣いはあった様だけど、この会話そもそも教室の真ん中でする話じゃないよな。
僕はとんでもないやつに話を聞いてしまったんだと後悔した。
「あ、やってるやってる。聞いたよ~。ケンケン見かけ通り?に凄いんだって?
ボクも結構自信あるんだけど、勝負してみたいなー?」
さらにヤバいやつが来た。トモはめっちゃいい顔して好き勝手言いながらズカズカと僕たちの席にやってきた。
トモ、お前違うクラスによく入ってくるな。
僕はどうやってこの場を逃げられるか頭の端で考えながら、クラスメイトの視線の中で耐えていた。
これはアレだ。僕がどう出るか皆で固唾を飲み込んでるやつだ。僕が傍観者ならそうしてるもんなぁ。
ここで逃げても佐藤は勿論、トモまでついてたら逃げきれない気がする。
無理矢理指南するより、僕主導で適当にいなした方が被害は少ないんじゃないか?
頭の中で高速回転思考を飛ばした僕は、うん、追い詰められると変な方向に走っちゃうことも忘れて言った。
「はぁ、じゃあ、ひとりだけこっちで選ぶから。トモはダメね。」
「いや、せめて10人!」「何でだよ~。ボクキスしたい~。」
トモの文句を聴きながら、佐藤と僕は結局三人で決着した。
「じゃ明日連絡するから。」
僕はやっと衆人環視から逃れると、そそくさとクラスを後にした。
もうすっかり後悔していた…。
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