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今、俺は病院のベッドの上にいる。
医者が言うには、どうやら俺は長くないらしい。未知の病気に掛かってしまい、もう先は長くないと告げられた。
死にたくない。まだ俺は二十代後半でやり残した事が沢山あるんだ。
夜中にふと目を覚ますと、俺の寝ている横に黒いローブを纏った若い女性がいつの間にか立っていた。
美しい。
切れ長の目に、艶のある肌。色気のある口元は大人の女性として最高の特徴を持っていた。
「やあ、初めまして「見栄春夫」」
「な、何故俺の名を?」
「それくらい知ってるさ。「見栄春夫」は私の事が分かるかい?」
「あ、貴女はひょっとして……俺に惚れたストーカーですか?」
「全然違うし。ほら、これ」
女の手には巨大な鎌が握られていた。鋭利な弧を描く刃がギラリと光り輝く。
「そ、それは……!」
「ふふ、これを見れば流石に分かったか。私の正体が」
「よく、病院内に持ち運べましたね、そんな大きな鎌。お医者さんに何か言われませんでした?」
「君、これ見てそんな事言えるってすごいよ。まともな精神してないね?」
「よく言われます」
「よく言われるんだ!?」
「それで、貴女は一体、死……何神なんですか?」
「お前、絶対分かってて言ってるだろ。死神、死神だよ」
綺麗なお姉さんは自称死神らしい。
ベッドの横に死神とは、どうやら俺の運も尽きたようだ。
「それはつまり、もしかしてですが、ひょっとすると、あれですよね?」
「もう、ハッキリ言えよ。お前の命を奪いに来たんだよ」
「そうだったのか……俺の命を奪いに……」
「そうだよ。怖いかい?」
「俺の命であるエロ同人誌を奪いに死神がやってくるなんて!」
「もう、会話せずに衝動的にサクッと鎌をあんたの頭に入れたくなってきたわ」
「ああ、でも死神って見えるの凄いですね。何で俺と会話してるんですか?」
「いきなり普通の会話をしてくるな。アンタに掛かってる病気がそういう病気だから。とりあえず遺言だけ聞いておこうと思ってね。心残りはない?」
「心残りか……少しだけあるな」
「ほぅ? それは何だい? もし良ければ叶えてあげても良い」
「え! 嘘、マジで? 本当ですか!」
ベッドから身体を起こし、死神さんの手を握る。
「滅茶苦茶元気になったね。まぁ、言ってごらんなさい」
「じゃあ、好きな女性と結婚して、子供二人に恵まれて、事業が上手く行ってそれから海外に行ってハリウッドスターとお知り合いになって、滅茶苦茶綺麗なモデルと不倫して、それから……」
「もう、心残りって言うか願望だよねそれ? しかも最後不倫するのか」
「それから、不倫がバレて妻とは殺伐とした関係になって離婚調停にまで発展し、裁判が開かれて、涙ながらの謝罪をしつつ……」
「心残りを増やしてどうするのよ」
「ダメですか?」
「アンタの言ってるの未練というか、願望だし。残り時間僅かなのに無理でしょ」
「そんな! 俺の命は後何十年持つんですか!?」
「僅か、って聞いてその返事が出るのはおかしくない?」
「僅か二十年って事もあるでしょ?」
「絶対無いから。だったらなんで私がここに来たのよ」
「そうか!」
「やっと理解してくれた?」
「死神さんは、俺の望みを叶えるために来てくれたんですね!」
「ダメだコイツ。早く何とかしないと」
「死神さん、俺と……結婚してください!」
「はぁ!? ちょ、何言ってるのよ!」
「一目見た時、俺の心は貴女に奪われました。貴女とならば例え地獄でも行ける!」
「いや、今からアンタ行くのそこだし」
「じゃあ、オッケーということですか!?」
「な、わけあるか! ったく、何だよコイツ……元気すぎない?」
ローブの下からレポート用紙のような物の束を死神さんは取り出す。それには各個人の写真が載っており、プロフィールらしき欄が見える。
パラパラ、とめくり自分の写真が載っている部分を見て、あ! と大きな声を出す。
「どうしました死神さん?」
「いや、人違いだった。今日、命を刈るのアンタじゃなかったわ」
「えー! なんだ、ガッカリ」
「命が助かっておきながらそのセリフを吐くのか」
「じゃあ、とりあえず結婚します?」
「結婚ってとりあえずでするような物じゃないんだけど」
「その場のノリって大事でしょ?」
「その場のノリで私はアンタに鎌をぶっ刺してやりたい。そういう事だから、私は帰るね」
「今度は何時会えますか!」
「来年、来年。その時になったら来るから」
「本当ですか! 約束ですよ!」
死神さんはそう言うと、スーッと姿を消した。
来年が待ち遠しい。それまでに準備をしておかないと。
翌日、そのことを医者に話したら、精神病棟に移されました。
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