ママなんかだいきらい、そう言われた。

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ママなんかだいきらい、そう言われた。

「ママなんかだいきらい!」 旦那が帰ってきたし、さて夕食を作ろう。 そう思ってたところに、我が子、アヤから突然に暴言を吐かれた。 「アヤちゃん、どうしてそんなこと言うのかな?」 私はできるだけ声が揺れないように気を付けながら、アヤに尋ねる。 「とにかくきらいなの! ママにいなくなってほしいの。ママがじゃまなの」 再び言われたアヤの言葉。 それを聞いて顔から血の気が引くとともに、最近の出来事が走馬灯のように頭の中で流れ出した。 最近遅い旦那の帰り。 問い詰めても、気まずそうに視線をそらして笑うだけ。 服からは何やら甘い香りがした。 私と遊んでいても心ここにあらずで、楽しそうじゃないアヤ。 そして私に対し明らかにやましいことがあるような態度をとる二人。 そして先ほどのアヤの言葉。 ああ、耐えられない。 めまいがする。 私は手近にあったバックをひっつかむと、エプロンを外すこともせず、わが家を出た。 いいや、わが家と呼ぶのはもうおこがましいのかもしれない。 私はすぐにこの家を追い出されて、きっと旦那にはもう再婚相手がいて、アヤもなついていて……うん、考えたくないな。 考えるのをやめようとしても、涙がとめどなくあふれて流れていった。 ふらふらと歩いて辿り着いたのは、小さい頃幾度となく遊んだ公園。 周囲に誰もいないことを確認して、私はブランコに座ってみる。 少しギシギシいうそれは小さい頃嫌なことがあったらよく乗っていたブランコ。 大人の自分が乗っても大丈夫なものだろうかと不安がよぎったか、そんなこと今の私の状況に比べたらどうでもいいような気がしてきて、足を離してブランコを漕ぎだす。 ぎーこ、ぎーこ…… 連続で漕いでいると、夜の風が私を少しだけすっきりとした気分にさせてくれた。 でも、涙はまだ、止まらない。 段々と頭の整理はついてきて、改めて思う。 ひどい追い出した方をされたものだ。 アヤに、実の娘に言わせることないだろう。 「子供を使うなんて、ひどい人……」 「あれ、フミカじゃん。こんな時間にどうしたの?」 突然声をかけられて振り返ると、幼馴染のマユミだった。 「マユミ。どうしてここに?」 「帰省だよ。ってか、フミカ泣いてる!?」 地元で就職し結婚した私とは違い、東京に進学して向こうで就職した彼女と会うのは、三年ぶり。 そんな彼女に泣いてるところを見せてしまった。 普通の大人相手なら、泣いてないと誤魔化すところだろう。 でも相手が高校時代の親友のマユミだということに気が緩んで、涙腺までさらに緩んで、私は彼女に抱きついて号泣してしまった。 大の大人が情けないと思うけど、今だけは。 だって私、お母さんとして、妻としてずっと頑張ってきたんだもん。 少しくらいはいいよね? 「よーしよし」 マユミは迷惑な顔一つせず、そう言いながら私の頭を撫で続けてくれた。 しばらくして私が落ち着いてくると、マユミはさて、と言って私の目を覗き込んでくる。 「何があったの?」 高校時代から変わらない彼女。 昔から彼女にそう問われるとどんな話しにくいことでも、告白してしまう。 私は最近のこと、そして先ほどアヤに言われたことを彼女に伝えた。 「ふーむ」 私の言葉を聞いて考え込むマユミ。 そしてあっと思いついたようにスマホを取り出して何かを確認していた。 それを私はソワソワしながら見つめていた。 他人の口から浮気だ、という言葉を聞くのは、正直恐ろしかった。 私の思い込みや夢じゃなくて、現実と確定されてしまう気がして。 「それはさ……」 何かを納得した様子のマユミが口を開く。 私はぎゅっと目を閉じて、その言葉を待つ。 夢じゃない。もう現実と受け入れて、前に進まなきゃ。 でも、マユミの口から出てきたのは思いもよらぬ言葉だった。 「フミカの考えすぎだと思う」 「えっ?」 思わず聞き返した私に、マユミはにやりと笑った。 「不器用だなぁ。旦那さんも、そして娘さんも。そして、フミカは昔っから変わらず思い込みが激しい」 そう言って私の頭を小突く。 「心配しないで家に戻ってみな。絶対楽しいことが待ってるよ」 そう断言するマユミの言葉はなんだか力強くて、私の不安がちょっとだけ消える。 そうだ、離婚するにしても、話し合いは必要だ。 「そうだよね、マユミ。私ちゃんと向き合ってみる」 「いやいや、そうじゃないんだって……まあ、帰ればわかるでしょ。もう少しすれば、心配した旦那さんから電話も来ると思うし」 「え、旦那から?」 追い出しておいて呼び出すってどういう風の吹き回しだ。 半信半疑の私だが、そこにスマホの着信音。 マユミの言葉のとおり、かけてきたのは彼だった。 『もしもしフミカ? どこまで行ってるんだ。もう帰ってきていいんだぞ』 少し弾んだ彼の声。 私はこんなに悲しいのに、どうして彼は。 「帰る? だって私、アヤに嫌い、いなくなってほしい、邪魔なんて言われたのよ。帰れるはずないじゃない……」 私の言葉を聞くと、彼は驚いたように声を上げた。 『なんだって? おい、アヤ。ママにそんなこと言ったのか? あー、もう、それしか思いつかなかったとか、ママ傷ついてるぞ。帰ってきたら謝るように。あ、もしもしごめん。アヤのその言葉は本心じゃないんだ。とにかく戻ってきてくれ。いろいろ冷めちゃうから』 そう言ってあわただしく電話を切る彼。 ぽかんとした私にマユミがウィンクする。 「ほらね。早く帰ってあげな?」 「うん、わかった」 マユミに促されて立ち上がり帰路につく。 家までは5分程度の道のり。 心配で胸が張り裂けそうなせいで、最後の方は小走りになっていた。 はぁはぁ、と乱れた息を整え、インターフォンを押す。 自分の家なのに。 そう思ったが、なぜか押さずにはいられなかった。 『おかえり! 入っておいで~』 インターフォン越しに聞く旦那の声はやっぱり嬉しそう。 私はドキドキしながら家に入り無人の廊下を抜け、リビングに入ると―― 「ママ、おたんじょうびおめでとー!!」 声とともに盛大にならされるクラッカー。 テーブルに並ぶごちそうの数々と大きなケーキ。 そして満面の笑みの二人。 そこで私はやっと思い出す。 私、今日誕生日だった! 「あ、ありがとう。でもどうして? 私のこと嫌いになったんじゃ……」 先ほどまでの懸念を口に出すと、旦那は申し訳なさそうな顔をして言った。 「俺、ほら不器用で嘘が苦手だろ? だから俺の代わりに、アヤにお前が少し外に出てくれるようにお願いしてくれって頼んだんだけど。あいつ俺とおんなじで不器用だったみたいでさ。どうすればお前が外出してくれるか考えた挙句、ママのこと嫌いって言っちゃったんだってさ」 「ママ、ごめんなさい。わたしママのことだいすきだよ?」 ぺこりと頭をさげるアヤ。 でも、怪しかったのはそれだけじゃ……。 「じゃあ、最近帰りが遅かったのは? スーツから甘い香りしてたのは?」 「それは仕事帰りに料理教室に通って、ケーキの作り方勉強してたからだよ。ほら、ケーキだけじゃなく今日の料理は俺が全部作ったんだぞ」 「カレーはアヤも手伝ったー!」 そう言って嬉しそうにぴょんぴょん跳ねるアヤ。 じゃあ、あれは? 「アヤが最近心ここにあらずだったのは?」 「ごめんなさい。ママのサプライズパーティーどうしようかなって、ママとあそんでたときもずっとかんがえてたらぼーっとしちゃって」 なるほど、アヤも不器用で遊びながら考え事ができなかったってことだ。 私は二人の返答を聞いてへにゃへにゃと座り込む。 全部私の杞憂だったのだ。 思い過ごしだったのだ。 マユミの予言は正しかったらしい。 私の頬に涙が伝う。 ほっとして。 でもそれ以上に、不器用ながらも私のお祝いを準備してくれた二人の気持ちが嬉しくて嬉しくて。 「わっ、ママまたないちゃった。パパなかせた?」 「パパじゃない! いや、パパのせいかもな。フミカ。ごめんな、俺が、俺たちが不器用なばっかりに勘違いさせて。そんなにつらかったか、すまない」 あわあわとする二人に私は微笑む。 もう気にしてない。 思い込みが激しい代わりに切り替えが早いのが私の長所だ。 「つらかったけど、今の涙はうれし涙よ。二人ともありがと」 私の言葉を聞いて、ぱっと顔が明るくなる。 「よかった。じゃあ、カレーよそってくるからな」 「アヤもてつだうー!」 二人がキッチンへと入っていく。 スマホの着信。 見るとマユミからのメッセージだった。 『そろそろ家着いたかな? 大丈夫だったでしょ。誕生日おめでとう。サプライズ邪魔しちゃ悪いからメールでの祝福ゴメンねーw』 もう、直接こういうことだって言ってくれればこんなにドキドキしなくて済んだのに。 でも、私がマユミの立場だったらそうする気持ちもわかるので、恨み言は書かないでおく。 『大丈夫だった。それから、ありがとう』 そう返してスマホをポケットの中にしまう。 家に向かわせてくれた彼女に改めて心の中で感謝する。もしかしたら旦那からの電話だけじゃ、私は家に帰れなくてもっと状況がこじれていたかもしれない。思い込みの激しさは、私の昔からの短所だ。 それをわかってるマユミだからこそ、今回の件も私の勘違いだと気づいたのだろう。 三人に誕生日を祝われながら、30歳になったその日、自分の短所をちょっぴり反省した私なのでした。
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