ドアの裏

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 教授に呼び出された。理由は何も言われなかったが、想像はついた。普段は滅多に入ることのない研究室のドアをノックしてから開けると、積み上がった本の間からボサボサの白髪頭を覗かせた教授が、 「今から就職課に行きなさい」 と言った。 「今からですか?」 「そう。だって牧田君、もう卒業まで2ヶ月ですよ。今すぐ動かないと、求人なくなるよ」 「それはまあそうなんですけど…」  やっぱりその話か。夏に公務員試験に落ち、民間企業志望に切り替えた秋からは連戦連敗。12月からは就活をやめて、そのまま年が明けてしまった。 「親御さんは?心配してるでしょう。奨学金のこともあるし」 「うっ」  痛いところを突かれる。自分でも目を背けてきた現実。  幼い頃に両親が離婚し、女手一つで母に育てられた。大学も行かせてくれたが、お金は全然足りなかったから、奨学金のお世話になっている。卒業したあとの返済を考えると、どこでもいいから就職しないといけなかった。 「就職課には、話を通してあるから」 「はい」  おとなしく、言われたとおりそのまま就職課に向かうことにした。  窓口で『青柳教授の紹介で来ました』と言ったら、近くに座っていた職員の人に怪訝な顔をされた。そしたら、奥から別の年輩の職員が小走りにやってきて、 「ああ、私が対応するから」 と、立ち上がり駆けた職員を制して、俺を別室に案内した。 「牧田君ですね」 「はい」 「私、萩原と申します」  ネームプレートを見ると、就職課長と書いてある。課長が直々にこんな俺の対応を?疑問に思うまもなく、説明が始まった。 「これね、国際交流をやってる財団の職員採用試験。一般の就活サイトには掲載してなくて、大学経由で応募する形になります」 差し出された求人票を見る。『新世紀国際交流財団』という、聞いたことのない団体。公務員の天下り先か?とまず思う。都内に事務所があって、初任給は、はっきり言って低い。 「教授から、元々君は公務員志望だったと聞いています。ここは非営利組織だし、君の志望にも合うんじゃないかな」 「そう、ですね」  もう求人を選んでいる場合ではなかった。 「じゃ、今から履歴書も書いちゃいましょうか」 「え、今ですか?」  俺の追い込まれている状況を見透かしたか、話がどんどん進む。 「応募期限、今週までだからね。牧田さん、サークルはやってないそうだね」 「ええ。大勢でつるむのが苦手だし、お金もかかるので」 「バイトは?」 「引っ越しとか工事現場とか、ガテン系をいくつか掛け持ちで」 「そうかぁ。協調性とかコミュニケーション能力をアピールできる要素がないねぇ」  就職課長が苦笑いする。少しカチンときたが、実際その通りなのだ。だから就活がうまくいかなかったのだ。  曖昧にこちらも苦笑いしていると、 「でも悲観することはないですから。ありのままいきましょう」  目の前に白紙の履歴書とペンが出された。言われるがままにその場で履歴書を書き、その日のうちに出した。  次の日、書類選考を通過したと連絡があったときは思わず聞き返してしまった。
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