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編集長が退室してしばらく三人だけの沈黙が続いた。
そして口火を切ったのは賢斗だった。
「綾乃ちゃん、黙っててごめん。裕太も悩んだんだよ、だから許してやってくれないかな」
「私と彼は昨日別れたの。だから」
「違うんだよ、裕太は綾乃ちゃんに迷惑掛けたくなかったからあんなこと言ったんだよ」
「もういいから」
頑張って後方支援してくれた賢斗には悪いと思ったがその言葉を遮った。
一番パニックになっているのは綾乃だと思う。今の心情で説明しても多分何も理解できないのではないかと俺は思った。
そしてゆっくりと自分の口から言葉を話し出す。
「俺は自分が書いた作品が評価されて嬉しいと思っています。大賞を受賞出来た上に書籍化なんて夢のような話で」
また沈黙が続いた。
「俺は」
綾乃は言葉を詰まらせた俺を見ていた。
「俺は、昨日大切な女性に別れを告げました。一方的に別れようと言いました。理由は、小説が書籍化されたら彼女に迷惑がかかってしまうから。
それに、俺は彼女の前では犬系男子だった。甘えることで違う感じ方が出来て、小説を書く上での経験になると思ったから。
大学ではモテ男って言われて、黙っていても女の子が寄ってくる、そんなキャンパスは嫌いじゃなかった。
二つの性格はどっちも俺自身の性格ではなかった。小説を作るために演じていた自分。
彼女には俺がピーマニュウだって事は秘密にしていました。彼女の仕事は選考員だから。選考員の彼氏が賞を取ったなんて何かからくりがあるとしか思えないだろうし、彼女の仕事に支障を来すことはしたくなかった。
だから絶対にバレる訳にはいかなかった。
そこに舞い降りた大賞受賞。
嬉しさと複雑な気持ちが俺を苦しめた。
そして昨日、彼女と別れて犬系の自分が死んだ。
大学でのモテ男の自分も死んだ。
だから本当の俺は、今ここにいる。
頭も黒くなったしスーツなんか着て格好付けてるけど、これが本当の俺。
昨日別れた彼女は目を赤く腫れさせ、声も枯れていて、可愛そうな思いをさせてしまったと反省してます」
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