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肉が届いて早速焼き始める。網の上はタンで埋め尽くされていた。その肉を裏返しながら賢斗が話を始めた。
「裕太はさぁ、嬉しくないの?」
「え?」
「ハレンチ小説が書籍化して、突き放した綾乃ちゃんも帰ってきてくれて。裕太は幸せ者だよな」
賢斗が俺の小皿に焼き上がったタンを乗せた。それにジャバジャバとレモン汁をかける。
「それに比べてオレは何も変わってない。裕太が羨ましいよ。
変わったのは彼女がレズビアンになって、オレは独り身になった。で、決まったのは老舗旅館の跡継ぎだよ。全く人生に華がない」
愚痴りながらタンを食べる賢斗。
そんな姿を見ながらの焼き肉は美味しく感じないのは当たり前。
今日は賢斗の愚痴を聞くためにここへ来たのか?
「なぁ賢斗。お前は何が言いたいんだ?」
「いや、羨ましいなぁって事だよ」
「なにが?」
「裕太さぁ、お前突っかかりすぎじゃね? 何がそんなに気に入らないんだよ。さっきからずっと変だぞ?」
「そうか? そんなことはない」
「何が気に入らないのか知らないけど、あるんだったら言ってみろよ。悩んでることがあるなら言えよ」
俺は箸を置いた。息を整えてからオレンジジュースを飲んだ。
「あぁ、うまっ」
「そこ、何か言うんじゃないのかよ」
突っ込まれた。
そのやり取りでなんだか元気になった俺。
「肉、食うかな」
賢斗はため息をつくと再び肉を焼き始めた。
「賢斗さぁ。お前、レモン汁かけ過ぎじゃね? これじゃぁスッペェだろ」
「オレはジャバジャバかける派なんだよ。タン味のレモン汁なんだよ」
「なんだよそれ、レモン汁風味のタンだろが!」
「違う! オレの場合は逆なんだよ」
そんな言い合いが楽しくて思わず笑った。
「賢斗、バカじゃん」
「裕太に言われたくないよ」
本当の友達っているんだな。大切にしなきゃいけない人ってたくさんいるんだな。
ふと思い出した。七菜ちゃんが賢斗の部屋に入ってきた時のことを。
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