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新しい何か
今日は二週間振りに綾乃と会う。
そしてその約束の時間を過ぎているにも関わらず、俺はその場所に到着出来ていない。しかも身支度すら終わっていない。
せかすように綾乃からの電話が鳴る。
「もしもし裕太大丈夫?」
「え? なに?」
「待ち合わせの時間、とっくに過ぎてるよ? もう三十分待ってるんだけど」
俺はズボンを履きながらピョンピョン跳ねる。
「そうね、ごめん、今出るところだから少し待ってて」
裾がまとわり付いて足が上手く抜けてくれない。
今までデートで遅刻したことは無かった。犬系だから先に行ってご主人様を待っている。でも今はその縛りがない分、自由過ぎて逆にだらしなさが目立つ。
夕べは遅くまで大学のレポート作成に追われ、その後は新しい小説の構成を練り、今日のデートのプランを考えてるうちに寝てしまったってワケ。
「雑すぎるだろ俺」
思わず心の声が漏れる。
急いで支度を済ませると荷物をまとめて車に乗り込む。
今日は一泊の旅行だ。綾乃と一泊するのはラブホテル以外では初めて。
もう貢ぐ必要がなくなった為、楽しみも辛さも苦しさも、全て半分って意味で割り勘にした。それは綾乃の希望だった。
そう言ってくれるだけでも学生の俺からしたら有難い。今までとは違うのだから。
ホテルの予約は取ってある。でもその前後の予定は立てていない。と言うか立てそびれた。
潮風も登山もどちらも嫌いな俺。通年インドア派の俺は、意を決して綾乃と旅行に行くことにした。
木になっている葡萄が見てみたい。
ただそれだけで、葡萄の名産地に行くことを決めた。
葡萄棚なら波もハイキングも関係ない。多少の登り坂を歩くくらいだろうと高をくくっていた。
が、しかし。世の中そんなに甘くはなかった。
「綾乃、待てよ」
その坂は心臓破りの坂だった。
山一帯に葡萄があるのに、何故遠くの畑まで歩かなきゃならないのか意味が分からない。
「早くおいでよー!」
鬼だ。こんな坂道を上らせるなんて綾乃は絶対に鬼だ。
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