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今の今まで安静にと布団の中にいた私は髪もボサボサで人に、婚約者に会えるような身なりをしていない。
「母様、私もう少ししたら行きます。先に行ってて」
わかったと母は居間へ向かった。
急いで箪笥を開け余所行きの桃色の着物に着替え、櫛で髪を整える。お気に入りの紅を唇に乗せ、自分の気持ちを戦いへ向ける。
これは私の人生を決める大切な戦いなのだ。身を引き締め当主の前に赴かなくてはならない。
よし、と気合を入れ居間の襖を引くと、まず目に入ったのは昨晩列車で出会ったお面をかぶるトンチキな男だった。
「貴方昨日の!」
「まさかこんなに早く“また”が来るは思いませんでした。お身体はいかがです、寧々殿」
ニタニタと目を細め笑う姿は不気味だ。お面で見えない口元もニヤついているに違いない。
「いい加減名乗ってくれないかしら。気味が悪くてしょうがないわ」
入り口から動かないまま、天狗の面を付けた男に牙を向く。
ふと、その奥にいる長髪の男が目に入る。
陶器でできた人形のように白く艶やかな肌に、白絹のように輝く長髪をしているその男。聞かずともわかる。あれが九重家の当主であろう。
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