第一章「その人は、太陽みたいに。」

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 猛々しいアラームが頭の中で弾けた。  姫宮明日香(ひめみやあすか)がまぶたを開くと、カーテンの隙間から覗く朝日が目に突き刺ささる。  もう少し大丈夫かな――そう布団の中に再び逃げ込もうとしたが、二度寝は許可しませんと言わんばかりに、自立ロボットのモニアが荒々しく回転するファンの駆動音を撒き散らせながら部屋に入ってきた。 『明日香様、起床のお時間です』  無機質な合成音声は最初こそ不気味だったが、こうして数十年一緒に暮らしていると、この新品の時と変わらない声は、安心感と親近感を覚えさせてくれる。購入したときは真っ白だったボディの所々が黄ばんでしまっていること、動く際に〝ギイッ〟と鈍い音を立てるのはご愛敬だ。  ただ、そろそろ修理しなければガタが出てもおかしくはない。  いつやってあげようか、などとぼんやり眺めていると、モニアは目を模した二つのセンサーを赤く点滅させ始めた。  これは故障じゃなく、ただ怒っているだけ。説明書を見なくてもわかるサインに少し微笑みながら明日香は「……あと五分」ともう一度夢の中に逃げようと試みるも、モニアは『いえ、起きて下さい』と言い、老朽化したアームでベッドの端を持ち揺すってきた。 「ちょ、モニア――」 『現在時刻は午前七時十六分。本日西暦二〇三二年三月三日の予定に、十時から診察が入っています。現在地から駅までは十三分前後、八時十三分発の列車に乗車致しますと、最寄りの駅から目的地までは一時間十二分、目的地の駅から〝かぶらぎ診療所〟までは徒歩で三十五分以上かかる見込みです。明日香様の身支度にかかる時間は四十五分前後であり、現在時刻をもってしても猶予としては四十四分二十秒のみであります。明日香様の提案である五分の睡眠時間を加味すると残された時間は実に三十九分――』 「モニア、分かったから! 起きるから、少し静かにして!」  まるで母親のような自立ロボットを制してから、「家事、朝ごはん。コーンポタージュとパン」と命令を飛ばした。『かしこまりました』と無感情な声を残して部屋を出て行ったところを確認してから、寝間着から他渋々と所行きの普段着に着替える。  日数にして十日ぶりの普段着。どこかおかしなところはないだろうかと明日香は姿見の中にいる自分を覗き込んだ。  整えていない眉に、それ以上に数カ月手を付けていない伸びきった髪。すっかり毛先は枝分かれしてしまっていて、伸びきった前髪はすっぽりと目を隠してしまうほどだ。ヨーロッパ在住の人よろしく金色に染まった髪のお陰でなんとか十八歳としての体裁は保たれてはいるものの、客観的な感想は不審者、あるいは都市伝説の類いと相違ない。  ――いい加減切らないと。  明日香は心の底でそんなことを考えながら、ひょいと前髪を持ち上げてみた。  久々に見る自分の目。〝種〟を埋め込んで以来、すっかり日本人離れしてしまった青い目には未だ違和感しか覚えない。  ――本当に私なのかな……。  鏡を見る度に抱く悩みに耽っているところで、食欲をそそられる匂いが漂ってきた。  ――朝ごはん、食べないと。あと三十六分くらいかな。  そこまで考えたところで、私も考えてることモニアと変わらないな、と明日香は苦笑いを浮かべた。  食事を済ませ、最低限のメイクなど身支度を整え終わる。  時間を確認すると、もう八時を回っていた。 「やばっ……モニア、戸締まりお願い!」  そう最後に命令を飛ばしてから家を飛び出た。  久しぶりの外出だというのに全力疾走をする羽目になるとは――自分が悪いことはわかっていてもついてないな、という感情は拭いきれない。  幸いにも途中の信号で引っかかることはなく、加えてなぜか通り行く人が自然と道を空けてくれたため、モニアの計算では十三分かかる道を十分で乗り切った。  もうすぐ駅だ、と足を緩めようとした明日香の横をリニアモーターカーが風のように横切る。 「あっ⁉」  残る体力を燃やし、再び駆ける。  改札を抜けホームにたどり着くと、ちょうど扉は閉まり始めた。  駆け込み乗車になりながらも滑り込みで乗車し、空いた席に座ると「間に合った……」と明日香は額に滲んだ汗を拭う。  深呼吸をして息を整えてから「えっと……〝シード〟起動」と呟いて、こめかみを二回、とんとんと叩いた。  家ではモニアに任せっぱなしのため、少し躊躇いながら脳内の拡張機器を起動する。まるで映像が空中に飛び出したかのような感覚と膨大な情報の波が明日香を襲う。  久しぶりすぎて頭が追いついてないな、と明日香は思わず苦笑いを浮かべた。  脳機能拡張機、シード。  種とも呼ばれるその物体は、脳に直接埋めることにより、脳全体に働きかけ、幻視を見せるという形で空中へ情報を出すことを可能にした。  ホログラム技術とは異なり、自分にしか見えないためプライバシーの保護を可能に、加えてネットワークと脳を直接結びつけることを可能にしたため、人間一人という単位でありながらその価値は爆発的に上昇した。
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