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タイマーの叫びに身を起こした。そして、すぐ目の前に一枚の絵が飛び込んできた。なぜかお化けでも見たかのようにビクッと体が震える。
私の目覚めを待っていたのは、うっそうとした密林だった。蒸し暑いほど緑で覆われたジャングルの景色。どこかルソーの『夢』を思わせる作品。
私は急いで鳴り響くタイマーを切って、歯ブラシを口に突っ込むとその絵に向き合った。
そして、ゆっくりと思い出す。
『――実は、やっぱりまだ絵を書こうと思うんだ。なんか、絵を書かない生活って、もう違うんだよ。表現できない生活は、思った以上に窮屈でさ。ほら、ルソーだって日曜画家って呼ばれていたんだぜ。公募とかコンテストとか、とりあえず辞めてさ。日曜画家で楽しくやっていこうと思ってるんだ。……だからさ、もしあの書きかけの絵が残っているなら返してくれないか? もちろん、新しいカンバスと交換で』
『ごめん、もう塗りつぶしてしまったんだ』
それが私の答えだった。
着信がきた瞬間は、まだあの絵は渡された時の状態そのままだった。でも、その言葉を聞いた瞬間私はすぐに塗りつぶした。
「何が日曜画家だ。それはルソーへの蔑称だろっ。そんな奴にこの絵は渡さない。この絵の続きを絶対に描かせない!」
必死になって塗りつぶした。
そして、ジャングルで覆い隠した。
この密林の奥の奥。そこには私だけの黄金郷があるのだ。
私はじっくりと絵を堪能した。表面だけでなく、この中身も味わえるのは世界で私だけであり、この絵の真の価値を見出せるのも私だけであった。
故に、この絵は何の成果もあげることができなかった。賞も貰えず、ミセス・フジノもこの絵の黄金には気づけない。目からX線でも出せない限り誰も気づけないだろう。
公募に出した作品は帰ってはこない。結局あの黄金郷も、ジャングルも、すべて一つの夢のように消えてしまった。
しかし、私は未だ筆を持っている。日曜画家じゃない、画家志望として。今までと同じような不安を抱えて、毎日苦しんで、自分の絵を書いている。朝起きて、ふと見たときに安らかな気持ちになれるような作品を今は目指しながら。
今もなお、こうやって書き続けられることが不思議でならないが、一つ確かなことがある。あの黄金郷はまだ、私の中にある。どうしても不安な時、自信を失ったとき。私は、ふらりと琥珀色の世界に足を運ぶのだ。
いつか、いつか必ず私が完成させる。
未完成のまま、あの世界は密林の深く、奥深くで。
私のことをずっと、今も待ってくれているのだ。
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