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そんな私だが、現在全く筆が進んでいない。
理由の一つは、この大賞のレベルが高すぎること。去年、私はただの怠慢で作品が完成できずに仕方なく展示だけ見に行った。そこで、「出さなくてよかったー」と胸をなでおろしたものだ。こんな化け物どもと一緒に並べられたら恥ずかしくて一生筆を持つことができなかっただろうと。
でも、やっぱり画家として生きていきたくて。でも、目を見張る経歴を持たない私にとってはミセス・フジノの一発逆転に望みを託すしかなかった。
そして、もう一つ。金がない。絵を書く準備を終えた段階で貯金がわずかであった。その時は良かった。創作に必要なのはハングリー精神だ。ある意味いいエッセンスとなるだろうと思っていた。
しかし、貧しい暮らしを続けていく中で不安で満たされるのが必然だった。このままこんな生活を続けるのか? ここまでして残る結果が『恥』だったら、筆が持てないどころか生きてもいけない。もはや、死んでしまいたい。
そうやって、自分で自分の首を絞める始末。
さて、ようやく話が一周するわけだが、最後の理由がこの今カンバスに描かれている絵になる。
多くは語るつもりはない。この絵については、筆を捨てたかつてのライバルの絵。と言っておこう。友と書いてライバルだ。
現代のルソーを自称していたそいつは、自信家であり過剰なほど自分の才能を信じていたルソーとは真逆だった。自分の絵を常に批判してヘタクソだと罵っていた。
「でも、俺が書きたいものを書くためにはこのやり方しかできないんだ……」
そんな不器用な奴だった。
「金がないなら俺のカンバスを使えばいい。失敗作だから塗りつぶして使ってくれ」
言葉とともにおいて行かれた、中途半端に出来上がったこの琥珀色の湖畔。黄色と橙色で塗りつぶされた目が痛くなるような一枚。
私はそれから一か月半、そのカンバスに筆をつけることができなかった。友が最後に書こうとした美しき世界を塗りつぶして私は何を描けばいいのだろうか?
その絵に向き合い「ヘタクソだ」と言い放つ。
悪いところを見つけて、改善点を見つけて、何度も評価を繰り返す。それでも、塗りつぶすことはできない。酒に酔っても、孤独で満たされても、『勢いで塗りつぶしてしまった』なんてことにはならなかった。
ミセス・フジノはこの絵を見てどう思うのだろうか?
いっそ彼女に「こんなつまらないもの見せないでくださる?」なんて言われたい。そうしたら目が覚めて塗りつぶせる気がするんだ。
書きたいものはたくさんある。道具も揃っている。それなのに未だスタートラインに立てていない。
はぁ。とため息をついて、もう寝込んでしまおうかと思ったその時、放り捨てていたスマホが震えた。
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