ほんとうのはなし

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「あのさ、警察に二人乗り見つかったら、切符切られるからね?」 「まったく『壮絶』だ」  ハルははらっとコートをひらめかせ、俺が漕いできた自転車の後ろからまるで曲芸師のように、軽やかに飛び降りた。 「ここまで巨大になってしまうなんて……。久しぶりに見た。思いが強いんだろうな」  ハルは俺を無視して、ひとりごちる。おかっぱの黒々とした前髪から、深い色の瞳がちらっと見えた。ハルはどこか楽しそうで、惹き付けられてさえいるようだった。彼の声がワクワクとしているのが、伝わってくる。  俺たちの目の前には、大きなマンションが建っていた。一見するとなんてことはない。俺はハルの頭が向いている方向を目で追う。前髪で見えない視線の先が、マンションのてっぺんにあった。俺はそこに何が「いる」のか、分からない。しかし、あたりには人の気配も一切なかった。  中高六年間続けてきた勝負事、スポーツで手に入れた「直感」が告げる。 「危ない!」  俺はハルの前に飛び出した。バリッと音がして、背負っていたリュックと俺が吹っ飛んだ。 「わぁっ!」  俺はざざっと受け身を取る。獣の咆哮が響きわたった。ごぁああああぁぁぁ……と深くて、頭から食べられてしまいそうな、闇を思わせる声。生臭い息につつまれていくようだ。朝なのに空がやたらと黒く、それが咆哮とシンクロする。俺は真っ黒な口に吸いこまれる感覚を覚えて、全身に鳥肌が立つ。直感が囁く。「やばい」と。 「助かったよ、夏基」  だが、ハルはさらっと言ってのける。 「……さあ、『綺麗』にしてあげよう。そして『行きたいところ』へ連れて行ってあげよう」  その目は髪の毛に覆われていて見えない。だが嬉しそうだ。この状況でそんな顔できる? ?然とした。俺のリュック、ズタズタだよ? 「いや、まじでやばいって」 「問題ない」そのしれっとした言い草に俺は思わず、生臭い獣の吐息を思いだし、「ほんと、勘弁して」と叫んでしまった。だが、ハルは何も言わず、たたん! と右足を前に踏み出した。そして、懐から「神邉拾遺集」を出してきて、いきなりあるページを左手で引きちぎる。 「え、やっぱりちぎっちゃうの?」    一ヶ月ほど前、初秋。 「こちらの物件、非常におすすめです!」
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