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第八審 セクハラ! (穂香)
A病院の会議室で、当事者である院長と正田友梨、それぞれの代理人である結城、直江、穂香で小一時間打ち合わせをし、その後内科部長の佐治がその場に呼ばれた。
硬い表情で部屋に入ってきた佐治は、その顔触れで大体の状況が飲み込めたようだった。向かい合う面々を見渡すようにして、長机の端に座る。対角線上にいる友梨が俯き、穂香はその手を握った。
「残念だよ、佐治君」
状況にそぐわず、院長の声はのんびりとしていた。先程、友梨が泣きながら謝罪した時も、院長は鷹揚に、君は悪くないよ、と言ったのみだった。
「君が私を嫌いなことも、野心家であることも知ってたよ。正当な手順で院長を狙うなら、それはそれでと思ったんだけどなあ」
「それを待っていたら、何十年かかるか分かりませんから」
佐治は涼しい顔で言う。
「私をでっちあげのセクハラで提訴して、裏献金も暴露して、理事会で罷免かあ」
院長はまるで好々爺のような福々しい顔で笑った。
「私に黒と分かるような献金はないよ。その証拠もでっち上げる気だったのか? そこまでうまくはいかないだろう」
「やってみなくちゃわからないと思ったんですがね」
「ま、ともかく君は解雇だ」
院長がきっぱりと言う。
小首を傾げた佐治は、穂香に視線を移して微笑んだ。蕩けるような、ぞっとする微笑みだった。
「残念ですよ十和島先生。あなたなら分かって下さるかと思ったのに」
「……何をですか?」
馴れ馴れしく言われ、穂香は嫌悪感を隠す気にもなれない。
「私が目指す、この国の医療の発展させるという理想の高邁さを、です。僕がこのA病院の院長になれば、セクハラと金にまみれたこの院長よりも、病院をより良くできたはずですよ。もっと画期的な治療を導入して、病床を増やして、先進的な研究をして、この国を代表するような病院に育てることができた。十和島先生、あなたはその邪魔をしたんですよ。どういうことかお分かりですか? 救えるはずの命が幾つ消えていくことでしょう。あなたは社会的弱者の生きやすい社会を作りたかったのでしょう? あなた自身がその足を引っ張ったんですよ」
佐治の口ぶりは、以前対応したモラハラ加害者にそっくりだった。穂香は奥歯を噛み締めた。こんな男に、こいつなら手玉に取れると舐められていたらしい。悔しい。
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