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「佐治先生、私を買いかぶりすぎです」
穂香は、冷静に、と自分に言い聞かせた。
「私はただの弁護士ですから、あなたの高邁な理想なんてどうでもいいです。目の前の依頼人のことが全てです」
佐治は鼻で笑う。
「女性はこれだから駄目なんだ。短絡的すぎる。……まあもっとも、途方もない理想ですから、体現する為には多少の犠牲がつきものですね」
「その犠牲が友梨さんですか? ……あなたの命令で他の職員籠絡させて。挙げ句、院長を嵌めさせて。人を何だと思ってるんです」
抑えなければと思いつつ、穂香の声が昂っていくが、隣の友梨は俯いたままだった。佐治はその彼女を見て、悪びれずに微笑む。
「彼女にはとても感謝してます。最高の協力者で、僕の理想の最高の理解者でした」
「最高の手駒の間違いですよね」
穂香は吐き捨てた。
「そうやって甘いこと言って、結婚するって言って、洗脳したんですよね。友梨さんは一人の人間ですよ。あなたの理想郷を作るための駒じゃない。あなたは最低の人間です」
「そんなことを言われてもね。彼女自身の選択ですよ。いい大人なんだから。ねえ」
水を向けられた友梨はビクッとしたが、佐治と目を合わすことも出来ず、何も言わなかった。
穂香は言い募ろうとしたが、絶妙な間合いで、結城が割って入った。
「佐治先生、正田さんに訴えられますよ」
佐治の眉がぴくりと動く。
「彼女に? なぜ?」
「長年別居で夫婦関係は破綻していると正田さんに言ってたそうじゃないですか。でも実際は最近お子さんも産まれてますよね。正田さんは騙されていたので、貞操権侵害で慰謝料が請求できます」
結城が低い声で淡々と言うと、佐治は呆れたように首を振った。
「いやいや、正田さんは初めから全部分かってましたよ。大体、不倫なら、正田さんが私の妻から慰謝料請求されちゃいますよ」
「じゃあ法廷で争いましょう」
穂香が意気込む。
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