123人が本棚に入れています
本棚に追加
第一審 医療過誤! 1
子供の頃から心に決めていた弁護士という職業を、やっとの思いで勝ち取ったというのに、現実は全く甘くない。
「だはー」
十和島穂香はだらしのない声をあげて、デスクに突っ伏した。広いとはいえない自分のデスクスペースには、大量の資料が乱れ舞っている。
「やってもやっても終わらないよー……」
ついつい泣き言を漏らす。
「言う時間が勿体ない、早く、起案出せ!」
隣の席の先輩弁護士の緒方が、冷たく言い放った。
百歩譲って忙しいのは良い。体力には自信があるし、この業界のブラックさを覚悟して入ってきた。
問題は、
(こんだけ仕事しても給料が安すぎ……)
このことだ。
言わずとしれた文系の最難関試験、司法試験。だがしかし、十数年前導入された新司法試験制度のお陰で、今や合格率は三十%前後を推移している。今後の裁判の増加と弁護士需要を見越してのものだったが、今現在、肝心の弁護士需要は大きく増えたとは言えない。
穂香は何とか司法試験に受かって、半年ほど前に、町の弁護士事務所、いわゆるマチ弁「沼田法律事務所」の新人居候弁護士になった。しかし、今のところOL並の給料しか貰っていない。
貰えるだけありがたい、就職先があるだけありがたい。そんなことは分かっているが、法科大学院まで行って、バイトしながら何年も勉強し続けた挙げ句、生活がやっと。
司法試験に合格しただけでレールに乗れた時代はもう終わった。弁護士の中にも格差がある。
新任から年俸一千万円も貰えるような大手弁護士ファームに就職できるのは、一流法科大学院を出て、上位数パーセントで司法試験に受かった超エリート弁護士だけ。
自分は甘かったのだ。
所長の沼田が立ち上がり、椅子の背に掛けていた上着を取り上げた。
「さて穂香さん、僕、前言ってた裁判行くけど、見学する?」
「あっ、行きまーす!」
穂香も慌てて立ち上がる。デスクにかじりついて下働きするより、裁判所に行ったほうが楽しい。
「十和島、起案は!」
「帰ったらやりまーす」
顔をしかめた緒方に適当に返事をする。穂香は、沼田の後を追いかけて外に飛び出した。
最初のコメントを投稿しよう!