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「社長、どうぞこちらへ」  秘書の真壁が、どこか嫌悪感を滲ませながら素早く車のドアを開けた。  まるで、から聖の注意を逸らそうとしているかのようだ。 「雨が降り出しそうです。せっかくのお召し物が濡れては……お早く」 「車なら関係無いだろう」  分かり易い真壁の態度に苦笑しながら、聖はその背後へ視線を向けた。  するとそこには、無頼漢のような男が路上にべったりと座り込んでいた。  物乞いか当たり屋か?  きっと、高級車が停車したのを良い事にタカろうとしたのだろう。  どうやらその目的を達成する前に、真壁に一発喰らったらしい。  幸いなことに、人通りの無い薄暗い路地だったので、目撃者はいないようだが。 「……真壁。正当防衛にしても、一般人相手にマズいんじゃないのか」 「ただの、質の悪い酔っぱらいです。相手にするだけ無意味です。さぁ、どうぞ」  後部座席へと誘う真壁に頷き返しながら、聖は車内へと身体を入れようとしたが。 「――holy」  微かな、本当に消え入りそうな声が、聖の鼓膜を揺らした。  その声に、聖の足はピタリと止まる。 「社長?」 「……」 「どうしました? お早く――」 「今夜は送らなくていい。おまえはこのまま引き上げろ」  突然の命令に、真壁は驚いた。  だが聖は、強い声で命令を下す。 「車はお前が使え。明日、また連絡する」 「しかし、聖さんっ」  困惑したような真壁を、聖はキッと睨みつける。  有無を言わせぬその碧瑠璃の眼差しに、真壁は不承不承といった様子で従った。  走り去る車を見送り、聖はゆっくりと視線を路上へ戻す。
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