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そこには、あの無頼漢が座り込んだままだった。
いつ着替えたのか分からないようなグシャグシャの服に、伸び放題の髪。
風呂にも入ってないのか、饐えた匂いまで漂っている。
完全に、ホームレスのような風体だ。
大抵の者が不快気に目を逸らすか、気の毒そうに傍観するかの二つに別れるだろう。
だが聖は、この男の事を知っていた。
世界広しと言えども、聖の事をholyと呼んだのは、過去に一人しかいないのだから。
珍しく緊張しながら、聖は口を開いた。
「――――あんた笊川多生、か?」
まさかと思いながらそう訊ねた聖に、少しして声が返って来た。
酒焼けして潰れたような声は、かつて聴いた声とは違っていたが。
それでも、独特の抑揚を交えた声は忘れられる筈がない。
「久しぶりだな、holy。昔みたいに、ターさんって呼んでくれよ」
それを聞き、聖の頬に朱が差した。
そして、目頭も熱くなる。
何度、その名を呼んだ事かと。
「ターさん……」
「なんだ? 泣きそうな顔して」
「だって、あんた……今までどこに……」
「心配してくれていたのか、holy?」
それを聞き、聖は泣き笑いのような顔になった。
「聖って呼んでくれって言ったの、忘れたのか?」
「呼び辛いんだよな」
多生は、濃い緑の瞳を瞬かせながら、優しく笑んだ。
そうして、ゆっくりと唇を開く。
「聖……会いたかった」
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