1 Benefactor

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「昔は、泣いて嫌がっていたクセに」 「そうだったか? 忘れたよ、そんな昔の事は」  聖はそう(うそぶ)くと、少し恥ずかしそうに目を伏せた。  口ではそう言うが、聖が忘れる訳がない。  あの辛かった過去の日々にあって、多生の存在がどれだけ聖の救いになった事か。 ――――男に抱かれるという、現実。  それは苦痛で屈辱に塗れた、悪夢のような出来事であった。  聖は元々、決して同性が好きなわけではない。  セックスするなら、自然に異性をパートナーに選ぶ。  にも拘らず、聖は己の意志も自尊心も何もかもを強引にねじ伏せられ、打ち砕かれる悲劇に遭っていた。  今から二十年前。  聖は青菱史郎という極道に見初められ、男の身でありながら、女のように突如囲われることになってしまったのだ。  それは、まさに青天の霹靂であった。  聖の恩人である天黄正弘の供の一人として、極道同士の顔合わせに付き従った故に起こってしまった、有難く無いハプニングだった。 (しかし史郎もオレも、男を愛するという行為にどう対応したらいいのか分からなくて、互いに傷つけあうような真似しか出来なかったんだよな)  特に、受け手であった聖の負担は相当なものだった。  年若い獅子のような男の、その精力に任せた暴力的なセックスは、快楽など一つも無いただの拷問であった。  あの当時、どれだけ青菱史郎を憎んだ事か。 ……その頃を思い出し、聖は苦く微笑む。 (でも、この人のお陰で、オレは何とか乗り越える事が出来たんだ)  笊川(ざるがわ)多生(たお)。  この男がいなければ今頃どうなっていた事かと考えると、やはり感謝しかない。 「ターさん。今度はオレが、あんたをしてやるよ」
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