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「昔は、泣いて嫌がっていたクセに」
「そうだったか? 忘れたよ、そんな昔の事は」
聖はそう嘯くと、少し恥ずかしそうに目を伏せた。
口ではそう言うが、聖が忘れる訳がない。
あの辛かった過去の日々にあって、多生の存在がどれだけ聖の救いになった事か。
――――男に抱かれるという、現実。
それは苦痛で屈辱に塗れた、悪夢のような出来事であった。
聖は元々、決して同性が好きなわけではない。
セックスするなら、自然に異性をパートナーに選ぶ。
にも拘らず、聖は己の意志も自尊心も何もかもを強引にねじ伏せられ、打ち砕かれる悲劇に遭っていた。
今から二十年前。
聖は青菱史郎という極道に見初められ、男の身でありながら、女のように突如囲われることになってしまったのだ。
それは、まさに青天の霹靂であった。
聖の恩人である天黄正弘の供の一人として、極道同士の顔合わせに付き従った故に起こってしまった、有難く無いハプニングだった。
(しかし史郎もオレも、男を愛するという行為にどう対応したらいいのか分からなくて、互いに傷つけあうような真似しか出来なかったんだよな)
特に、受け手であった聖の負担は相当なものだった。
年若い獅子のような男の、その精力に任せた暴力的なセックスは、快楽など一つも無いただの拷問であった。
あの当時、どれだけ青菱史郎を憎んだ事か。
……その頃を思い出し、聖は苦く微笑む。
(でも、この人のお陰で、オレは何とか乗り越える事が出来たんだ)
笊川多生。
この男がいなければ今頃どうなっていた事かと考えると、やはり感謝しかない。
「ターさん。今度はオレが、あんたをケアしてやるよ」
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