1 Benefactor

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 聖は囁くように言うと、白魚のような手をそっと伸ばして、ゴワゴワになっている多生の洋服を巧みに脱がす。  するりと相手の襟に指を差し入れ、ボタンをゆっくりと外す様は、性伎に長けた一流の娼婦のようだった。  それを見下ろすと、多生はふぅと小さく息をついた。 「聖は、変わったな……」 「え?」 「辿々しい手つきで、おっかなびっくり触れて来た頃も可愛かったが。今は、別人のようだ」 「嫌なのか?」  若干、沈んだ声になる聖である。  芸能プロダクションの社長としてトップに君臨する彼からは、信じられないような素直さだ。  伏せた瞼が小さく震え、清楚で嫋やかな乙女の如き雰囲気になる。    そんな聖の頬を両手でそっと包み込むと、多生は小さく微笑んだ。 「嫌じゃないさ。ただ、ずいぶんと時が流れたんだなと思ってな」 「あれから二十年だぞ。オレは、身体を固くして震えていた頃の若造じゃない。今は……傾国(けいこく)の美女とかいう妙な仇名を付けられるような、そんな男になっちまったよ」  自嘲するように呟いた聖を、多生は優しく抱き締めた。  聖がこれまでに流した涙も、その苦悩も、全部知っていると言うように。  しかしすぐに、多生はパッと離れた。 「ああ、悪い。つい、懐かしくて……お前にまでくせぇ臭いが移っちまう。上等なスーツが台無しだ」 「服なんてどうでもいいさ。もっと抱き締めてくれ」  潤んだ瞳で見上げる聖に、多生はゆっくりと頷いた。  そうして、密かに再確認する。  聖は多生の事を、今でも一途に慕っていると。 (そういうところは可愛いが――)  多生は、腕利きの女衒(ぜげん)として裏社会で生きて来た男だった。
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