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聖は囁くように言うと、白魚のような手をそっと伸ばして、ゴワゴワになっている多生の洋服を巧みに脱がす。
するりと相手の襟に指を差し入れ、ボタンをゆっくりと外す様は、性伎に長けた一流の娼婦のようだった。
それを見下ろすと、多生はふぅと小さく息をついた。
「聖は、変わったな……」
「え?」
「辿々しい手つきで、おっかなびっくり触れて来た頃も可愛かったが。今は、別人のようだ」
「嫌なのか?」
若干、沈んだ声になる聖である。
芸能プロダクションの社長としてトップに君臨する彼からは、信じられないような素直さだ。
伏せた瞼が小さく震え、清楚で嫋やかな乙女の如き雰囲気になる。
そんな聖の頬を両手でそっと包み込むと、多生は小さく微笑んだ。
「嫌じゃないさ。ただ、ずいぶんと時が流れたんだなと思ってな」
「あれから二十年だぞ。オレは、身体を固くして震えていた頃の若造じゃない。今は……傾国の美女とかいう妙な仇名を付けられるような、そんな男になっちまったよ」
自嘲するように呟いた聖を、多生は優しく抱き締めた。
聖がこれまでに流した涙も、その苦悩も、全部知っていると言うように。
しかしすぐに、多生はパッと離れた。
「ああ、悪い。つい、懐かしくて……お前にまでくせぇ臭いが移っちまう。上等なスーツが台無しだ」
「服なんてどうでもいいさ。もっと抱き締めてくれ」
潤んだ瞳で見上げる聖に、多生はゆっくりと頷いた。
そうして、密かに再確認する。
聖は多生の事を、今でも一途に慕っていると。
(そういうところは可愛いが――)
多生は、腕利きの女衒として裏社会で生きて来た男だった。
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