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聖に執着し、周囲の反対を押し切ってまで、聖を力づくで囲おうとしていた男。
そう、あの青菱史郎だ。
悋気の傾向が殊更強い青菱史郎にとっては、それは決して容認できるものではなかったのだ。
聖が多生へ心を寄せるに従い、史郎には変化が起こっていた。
史郎の中では最初の余裕は消え去り、多生に対する感情は次第に激しい嫉妬に変わり、同時に、聖に対しては歯止めが利かない妄執が湧いていた。
肉食の獣が狂い、見境なく殺意を向けるその気配を察知し、多生は悩んだ。
このままでは、やがて聖の身に危険が及ぶと……。
それこそ、言いなりにならない聖の態度に史郎が発狂し、暴走の果てに聖が シャブ漬けにでもされたら悲劇だ。
当時の史郎には、そういう狂気があった。
――――だから多生は、身を引く事にしたのだ。
完全に未練を絶つために、多生はそのまま日本を去った。
二度と戻るつもりは無かった。
誰よりも華やかで美しく、曲がった所のない真っ直ぐな性格で、そして綺麗で純真な聖。
何処に居ても、多生は聖の事を想っていた。
その聖の為にも、このまま日本には帰らず、海外で骨を埋めようと思っていたが。
しかし、自分の身体が病に侵され余命幾ばくもないと知った時、最後に願ったのは、あの綺麗な聖を一目見てみたいという欲だった。
だから多生は、二度と戻るつもりは無かった筈の日本へ帰って来たのだ。
「ずっと、心配していたが……オレの取り越し苦労だったと知って、安心したよ」
そう呟き、多生は微かに微笑む。
日本へ戻り、現在の聖の状況を知り、多生は本当にホッと胸を撫で下ろした。
悋気の塊りのようだったあの青菱史郎は、どうやら聖の意志を尊重して、現在では大人しく身を潜めているらしいと知り大変驚いたが。
それ以上に驚いたのは、あの聖にミュージシャンの子供が居たということだった。
カタギになって芸能事務所の社長業に就き、今はその子供と契約を結んで、業績も上々だという。
驚きの連続だったが、とにかく聖が幸せで良かった――――そう、思った。
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