梅 ~東京LOVER~

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「藤沢くん今の仕事…と言うか仕事してて楽しい?」 「楽しいけど」 「へー 私接客業してるけど、本当は接客業が1番嫌い、人と関わる仕事が嫌いなんだよね」 「冷酷やな」 だって、その通りなんだもん だって、接客業をしたいと思った事なんかないもん だって、人と関わらず、自分独りで出来る仕事が好きだもん だから幼い頃から 私は漫画家と言う仕事をして生きていきたい、って思いもあるんだ 人と極力関わらなくていい仕事だから 人間関係の煩わしさが、少ない仕事だから 自分独りで出来る仕事だから… ずっと思っていた本音 隠していた本心 願っている欲望 「文句ばっかやな」 「わがままばかりやん」 ん…そうなのか 言われて気付く そんなこと友人には言われない なんなら、いつもは友人のわがまま…とも思った事はないけど、要望に応えたり、合わせたり、ついて行ったりが殆ど だから、友人にそんなこと言われたことなかった 寧ろ、意思ないね、くらいのこと言われる それは、合わせる方が楽だから けど 藤沢くんと喋ってると、自分の思ってることバシバシ言えるんだ 私の考えとか思ったこと、そのままストレートに言えちゃう 口が悪くなる どこかで、どうでもいい人に対して接してる性格こそ、その人の性格、っての見たな まさにその通り だから私の本質って わがままで文句ばっかでクズで冷たい、冷酷、上から目線で自己中 人間のクズ 上っ面ヘラヘラへこへこしてるけど それってビビリだし、嫌われたくないから、嫌われると立場が悪くなる、不利になるからであって 本音言う人は嫌われてもいいや、って思ってるから本音言えるんだ そろそろお店を出ようとなって、会計をする 「俺が出すわ」 「あ、マジで、嬉しー、ありがとー!」 私は財布を仕舞った なんか藤沢くん、二人で飲みに行くと、大体出してくれたり、いくらでいいよとか多めに払ってくれるよな ラッキー そうやって 気が向いたら、二人で一緒に飲むという事をしていたが 私の仕事終わり、久し振りに藤沢くんと会ったその日は、少し違った 「何処行く?」 西武新宿 ファストフード店の前で待ち合わせした後、そんな事を聞かれ、正直めんどくさいから勝手に決めてくれないかな、なんていつも思うけど 丁度、違う人と飲みに来た時、混んでて、結局入れなかった店が近くにあったので、そこは?と言って、パチンコ屋がある脇道から歌舞伎町に入り、そこの居酒屋で飲む事にした 藤沢くんとは、帰り道も途中まで同じ方向で… 終電も終わった、人通りの少ない明治通り 他愛のない話をしながら、藤沢くんと一緒に、歩いて帰っていたんだ 私立大学を過ぎて、一つ目の信号を越えた辺り 「手繋ごうや」 突然、藤沢くんがそんな事を言ってきた 「は?なんで?嫌だよ」 「別に手繋ぐくらいええやん」 まあ、100万歩譲って、ホテル行こうって誘われるよりマシだが… だとしても…好きでもないのに 付き合ってもいないのに、手繋ぐって、おかしくない? 「なんで付き合ってもいないのに、手繋がなきゃなんないんだよ! 嫌だっつーの!」 「別に付き合ってなくても、手繋ぐ事くらいあるやん」 そんな、手を繋ごう、繋がないの押し問答を繰り返していた横を、目の前から近づいて来ていた男女が、通り過ぎた …なんか ここで手を繋ぐのが嫌だって言ってる方が、藤沢くんを意識してるみたいだ 好きじゃないのに 「…はい」 手を差し出す 藤沢くんは、私が差し出した手を握ってきた でた また…嬉しそうな、にこにこした…顔 手繋いだだけで…そんな…嬉しいの…? 私は思わず、嬉しそうな表情をしている藤沢くんを見たくなくて、正面に向き直って、少し遠くに見える、諏訪町と書かれた信号機をじっと見つめた ああ… なにこれ… 恥ずかしいし、なんとなく嫌だし… 付き合ってないのに、手を繋いで歩くなんて… まるで、恋人みたいじゃないか…! よくわからない複雑な心境になってしまって、手はパーにしたまま、握り返す事はしたくなかった だって握り返したら、受け入れたことになるじゃん 好きでもない男に、そんな事はしたくない 手を繋げとしつこいから、繋いでやっただけだし… だから 手を繋ぐというより、藤沢くんに手を持たれている、って感じが近かったけど… いつまで、繋いでいるんだろう いつまで、繋ぐんだろう 赤から青に丁度変わった信号機 ふっと、藤沢くんの手が離れた
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