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幼い時、オヤジと母ちゃんが離婚し、俺は女手一つで育てられた
酒癖と金遣いが荒く、養育費も払ってくれなかったオヤジの愚痴を、母ちゃんはいつも言っていた
子供の俺から見ても、そんなオヤジはどうしょうもない人間だなと思ったが
でも自分の父親だから、嫌いではなかった
高校を中退して、仕事を転々としながらふらふらしていた頃
「太一(たいち)、一緒に仕事しないか?」
とオヤジが言うので、俺は
「まあ、いいけど」
と二つ返事でオヤジの仕事を手伝う事にした
オヤジは設備屋と呼ばれる仕事をしていて、実家の隣の母屋、というかガレージには、物心ついた頃からオヤジの仕事道具が置かれていた
オヤジと一緒に車で色々な現場に向かって、仕事をした
個人宅もあったけど
スーパーや工場、ビルのテナントの一角など…
そう言う現場に、色々なところから集まった様々な職人と一緒に働いた
「ほら太一、日当だ」
俺はオヤジから一万を受け取った
「明日も暇だろ?」
オヤジはタバコをふかしながら言っていた
「あ?
あー、まだわかんね
明日また連絡するわ」
大体
行くか行かないかは、朝起きた気分やコンディション次第だった
そんな俺にオヤジは
太一、金ねぇだろ?
日当一万で働かねぇか?
お前ちゃんと働いてんのか?
暇してるなら、働かねぇか?
太一、飯奢ってやるから
働かねぇか?
そう言って連絡して来ては、俺はオヤジと働いていた
基本仕事は嫌いだけど
オヤジと働いてる時間は、それはそれで楽しかった
幼い頃は、オヤジと一緒にいる時間がなかったから
「俺、彫金の学校行きたいんだよね」
ある時オヤジにそう言った
そしたらオヤジは、彫金の専門学校の金を出してくれて
俺は、東京の原宿と渋谷の真ん中ら辺にある、彫金の専門学校に一年通った
それから地元で、就職の為に戻って来て働いていたけど
その就職先も数ヶ月で辞めた
そこからは、またふらふらと仕事を転々とした
「太一、久し振りに飯でも行かねぇか?」
ある時、オヤジからそんな連絡が来た
飯~?
今日は予定があるなあ…
「あー、今日は忙しいからまた別の日だったら」
「そうかあ…まあ、わかった」
他愛ない会話を交わして電話を切った
自宅の砂利に車を駐車して、ドアを閉めた時
生垣の椿の花が、ぽとりと落ちた
それから、オヤジと飯に行くという話もすっかり忘れて、忙しない日常を過ごしていた
オヤジからの飯の誘いを断ってから、数週間後
「たいちゃん!
お父さんが死んだって」
母ちゃんからそんな事を伝えられた
オヤジの告別式の日
俺は友人の結婚式に参加していた
余興でバンド演奏をした後、ネクタイを付け替えた
遠くに見えるはずの、秩父の山々は
厚い雲に覆われている
その日は粉雪が舞っていて
冷たい風と雪が頬に当たったんだ
俺は火葬場へと車を走らせた
オヤジは、山の中で倒れているのを発見され
事故や事件性はないとして処理され、警察は手を引いた
「酒の飲みすぎなんだよ」
相変わらず母ちゃんは、オヤジの愚痴を言っていた
「そんなお父さんだったのに…
どうして…会いに行ったの?」
相手が不思議そうな顔をして言う
どうしてって…
「まあ、それでも俺の父親だから」
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