沈丁花 ~Don't disturb~

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それから私は職場を辞めた 元彼と同棲していて…その家から出る為に、引っ越し資金が必要だったから、働き始めた職場 今は引っ越しも無事済んだ 私は藤沢くんや行みたいに、飲食業で生計を立てたいわけではない 漫画家として、生きていきたいんだ その漫画を描く時間に、自分の時間をもっと充てたかった だから私は、漫画を描きつつ、もう一つの仕事を稼ぎのメインにしながら生活しはじめた そんなある日 再来週といって、結局のびのびになっていた行とのデート その間に、何度か二人きりで会ってはいたけど、約束のお店には行けずにいた それがやっと、行ける事になったのだ 新宿三丁目 ビルとビルの間に挟まれた、ひっそりと佇む、真っ白い外壁のお店は 毎日毎日飽きることなく、代わる代わる恋人が愛を囁き合っている そんな光景を、つい最近まで、私も、毎日毎日飽きることなく、通勤の行き帰りで、ただ眺めて通り過ぎていた ガラス張りの扉を開くと、白を基調とした清潔感のある店内 絞られた照明の灯りや、柔らかい布地のソファが並べられた店内は、ラグジュアリーな雰囲気も漂っていた お酒を飲みながら、何品かカルト料理を楽しんだ後 行が唐突にトイレに行くと言って席を立った が、中々戻ってこない …遅いな…大丈夫かな…? と、思いつつ…何となくの察しがついてしまいそうになって… 慌てて考えないようにした 携帯画面に集中し始めた頃に、ごめんごめん、と行が戻ってきた そして談笑をしていた時、視界の端から店員さんが、こちらにゆっくりと何かを持って近づいてくるのが見えた 私は行から視線を外してその店員を見ると、目の前にデザートプレートが現れた 皿の端には、パチパチと小さな花火が爆ぜている 「誕生日おめでとう!」 と行が言った 「ええ…!嘘ぉ…!!なにこれー…!」 ほのかな明かりに照らされた彼を見ると、にこにこと優しそうに笑いながらも、大きくてぱっちりとした瞳は満足そうな表情を浮かべている よかった 嬉しそうで… 「写真撮っちゃおー!」 私は嬉しくなって、思わず携帯で写真を撮った 何人か恋人とお付き合いはして来たけど… こうしてお店で、サプライズで、誕生日をお祝いしてくれるシチュエーションって…人生で初めてかもしれないな… 写真を撮りながら、そんな事を思った SNSを見ながら、そんな写真を眺めていて… いつかこういう風に、私も恋人としたいと思っていたんだ そんな願いが叶うなんて…思ってなかったな 恋人、ではないけどね… 一緒に写真撮ろうよ、と寸でのところで思いとどまった 私が職場を辞める時 その場にいる職場のみんなで集まって、記念に写真を撮った時、確認した携帯の画面では、親指を立てたサインをした、行の手しか映っていなかった 前の人の後ろに隠れ、意図的に顔を映さないようにして撮られた、写真 どんな理由でそうしたのかは、わからない でも、何かが、彼をそうさせたのかもしれないな…なんて思ったんだ その時の情景を思い出し、私はデザートプレートのみが写る写真だけで、満足する事にした 自分一人で、誕生日のデザートプレートを持って、写真に写るのも寂しいから だって バカみたいじゃん 独りでラブソング歌ってるみたいでしょ? 愛を囁き合うのに そこに 愛はないのだから 406bd57a-96a5-4f6c-9294-30a11c1c7c02
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