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原宿と渋谷の真ん中にある、彫金の学校を卒業した俺は、地元でシルバーの販売の仕事をしていた
でも、そこを辞めた後は、水商売をしながら、夜間の高校に通って卒業資格を取り
今は、中古車販売で出す、車の点検をする仕事をしている
そして今日は
特に、用事も予定もなかったけど
時間はあったから
水商売の仕事の時に出会って
たまに連絡が来たり、返したりしている女と
新宿御苑が真後ろにあるカフェで、コーヒーを飲んでいた
前に会ったのは…いつだっけ?
相手が成人式の日だったかな?もう覚えていない
名前はヒナ(ひな)
それも、本名か嘘か、わからない
水商売の客なんか風俗とか同業が殆どだから
本名なんてもの自体、ナンセンスだし
色々な女の客の中の一人であって
真剣に名前を覚えるほどの価値のある女、つまり彼女候補と言うわけでも
本命でもない
「太一(たいち)くん、今日は付き合ってくれてありがとう」
「別にいいよ」
俺はそう言いながら、砂糖とミルクを多めに入れた、コーヒー牛乳のようなコーヒーを啜った
さっきまで、俺は彼女の引っ越しの手伝いをしていた
それもひと段落して、ここで休憩を取っている
「太一くんは今何してるの?仕事」
彼女はチョコレートケーキを口に運びながら、俺に聞いてきた
「中古車販売で出す、車の点検をする仕事だよ」
「へえ…そう言う仕事があるんだね…
どう言う事するの?」
俺は自分の仕事の説明を彼女にした
「ふうん、そうなんだ
まあ、よくわかんないけど、頑張ってるんだね!」
わかんないならなんで聞いたんだ…
「君は?漫画は順調?」
「うん!あのね…」
そう言って、彼女は漫画の話を楽しそうに語り出した
漫画家…ねえ
彼女が漫画家を目指していたのは、水商売で知り合った時から知っていた
その頃、彼女はまだ大学生で…
『へえ、彫金の専門学校行ってたんだあ!
私も本当は美大に行きたかったなあ…美術科のある高校に行きたかった
でも親に反対されたから、仕方なく興味ない大学行ってる』
と、言っていた
『え?
だって、もし漫画家で売れなかった時に、他の仕事するってなったら、高卒より大卒の方が、仕事の間口広がりそうだし
親も大学行く事自体は反対してなかったから、今は大卒の資格だけ貰う為に大学行ってるよね』
俺はそんな事を言う彼女を見ながら
全日の高校に、大学に行けるだけ恵まれているのに
何をまだ望むんだろう…なんて思ったんだ
不満ばっか
文句ばっか
自分が恵まれているとは気付けていない
いいご身分なんだ
もっと言うなら
全日の高校を出て、大学にも通っていて…
何がまだそんなに不満なんだ
往々にして
恵まれている環境で育ったやつは
それがスタンダードだと信じて疑わず
それが当たり前なんだという口ぶりで話すんだ
そいつの周りも、同じようなやつしか集まっていないから
当たり前じゃないやつもいるのに
スタンダードでない人もいるのに
無神経に…自分の常識を、価値観を口にする
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