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次の日、俺は指定された場所に向かって歩いていた。駅から10分程と聞いていたのにもう15分以上は歩いている。しかも今は長い長い坂を登っている途中だ。
「もう10月なのに何でこんな暑いんだよ……」
こめかみにじわりと汗が滲む。Tシャツが背中に張り付いて気持ち悪い。目的地に着く前から不快指数MAXなのに、着いたらどうなってしまうんだろう。
だいたい何で俺が……
そう思いかけて、口に出すつもりもないのに言葉を飲み込んだ。
「あ、あそこか。」
ようやく目的地に着いて、ふぅと息を吐く。
坂を上り切ってすぐにエメラルドグリーンの古びた2階建てのアパートが見えた。
「205……か。」
事前に聞いていた部屋番号を確かめて階段を上がる。一応ポストの名前を確認しておけばよかったと思ったけど、わざわざもう一度下りてまで……とは思わなかった。
2階に着いてすぐに、確認しなくて良かったと思った。確認なんかしなくてもあの部屋がそうだとひと目でわかったからだ。
「またド派手な事して……らしいっちゃらしいけど。」
ひとつだけ真っ赤に塗られた扉。ゲームの中なら間違いなくレアなアイテムがある場所か、そう見せかけてゾンビが出てくるかの2択を迫られるような感じ。
なんだかおかしくなってきて、思わず顔がにやけそうになるのを我慢する。鍵は開いていると言われていた通り、ドアノブをクルッと回すとカチャッという音と共に扉が開いた。
「え……?」
開いて直ぐに、レアなアイテムでもゾンビでもなく、知らない男と目が合った。しかも泣いている。いや、泣いているなんて可愛いものじゃなくて号泣している。だって、鼻水まで出ちゃってるし。それからたぶん、握りしめているのは蓮さんのアロハシャツだ。
「あの……」
「あ、すいませ……っ……業者の……っ……」
「いや、業者ではなくてですね。」
「え? っそうなんですかっ? っ……」
「あのー……これ、良かったら……」
嗚咽しながら話す男に持ってきていたタオルを手渡すと、「あ、ありがとうございま……っ……」とやっぱり嗚咽しながらタオルを受け取り涙と鼻水まみれの顔を何の遠慮もなしに拭き始めた。
貸しておいてなんだけど、俺だったら取り敢えずティッシュ探すかな。なんて。
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