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「ありがとうございました。洗ってお返ししますね。」
「いえ、もうそれはどうぞ……というか貰って下さい。」
ようやく落ち着いた号泣男は泣き腫らした目でもう1度お礼を言ってから静かにタオルを仕舞った。
「それであの……あなたは?」
「突然の事過ぎてびっくりしましたよね。」
「え? あぁ、はい。そうですね。」
「まさか蓮さんが……まだ若いのに……可哀想に。」
「ですね……俺も昨晩聞いてびっくりしました。」
「僕もです。信じられなくて何回も聞き返しちゃいましたよ。」
「ですよね……」
俺は1回しか聞き返してないけど……何て事は言えなかった。だけど、この人まではいかないまでも俺も相当驚いたし、ショックだったし、部屋に来たら泣いてしまうかも……とも思っていた。けれどこの人があまりに号泣していたもんだから変に冷静になってしまっているだけだ。それに……今は一体この人が誰なのかがいちばん気になる。
歳は多分、少し上くらいかな? よく見たら綺麗な顔しているな……それにしてもこの暑い日に何で黒のスーツ……あぁ蓮さんが亡くなったからか。それならTシャツに短パン姿の俺の方がおかしいのかもしれない。いやいや、でも亡くなったのはひと月も前だし、だいたい葬式に行った訳じゃないし……だいたい、だいたい俺、蓮さんと別れて3年も経ってるし。
「所で、あなたは?」
「え? あ、俺はその……蓮さんの……友……だち……みたいなもので。って言っても、もう3年くらい会ってないんですけど。」
「ふっ……」
「え? 今何で笑ったんですか?」
「あ、ごめんなさい。今歌の歌詞思い出しちゃって。凄く流行ったでしょ? もう3年くらい会ってないのにどうしたの? みたいな曲。」
「あぁ……あー……ありましたね。そういう曲。」
多分だけど普通はあまんまりその部分の歌詞には引っかからないと思う。
それより何より、友達だなんて嘘を付いてしまった。本当は元カレなのに……2年半くらい付き合ってたし、半同棲もしていたのに。だけど、もし蓮さんがこの人にカミングアウトしてなかったら困るし、俺だって親しくない人にゲイだと知られるのはなんとなく抵抗がある。
「それで、えっと、あなたは蓮さんとどういう……」
「あぁ、すいません。先に名乗るべきですよね。僕は佐藤理一という者です。今年30歳になります。蓮さんとは恋人でした。と言ってももう5年以上前なんですけどね。」
「え? え? 恋人って……それに5年……ですか?」
「あぁ、すいません。驚かせちゃいましたよね。僕ゲイなんです。彼も、蓮さんもゲイで。もしかしてご存知なかったですか?」
えーーーっと。ちょっと待って。何からどう整理すればいいのだろう。
名前はわかるけど何で年齢まで言った? いや、この際そんな事はどうでもいい。何であんなに簡単に恋人だったと、自分も蓮さんもゲイだと初めて会った人間に言えるの? いや、この際そこももういい事にしよう。
……5年前って言ったよな? それってもしかして被ってる? いや待て、5年以上前って事は6年前、7年前、もっと前ということもありえるのか。でも、だったらそう言うだろうし。
「あの、本当にごめんなさい。知らなかったなら驚きますよね。それにもしかしてショックだったりとか……」
「いや、いえ、全然ショックとかはないです。それは大丈夫です。あの、すいません5年以上前っていうのは厳密にはどのくらい前なんでしょうか?」
「え? あぁ、5年と……」
「と……」
「3か月くらいですかね。」
「3か月……5年3か月前……まで蓮さんとお付き合いしていたと。」
「まで……あぁ、はい。でもその辺は割と曖昧だったので別れた? 後もたまに会ったりとかはしていましたけど。」
あぁ……3か月被ってる。しかも別れた? の?マークはなんだ? たまに会っていたって、それはただ会っていただけなのか?
考えれば考える程、とっくに自分の中で終わっていた蓮さんとのあれやこれやを思い出して、腹が立つやら、悔しいやら、悲しいやらで複雑な気持ちになってしまった。
それから頭の中にアロハシャツを着て微笑んでいる蓮さんが浮かんだ。
無精髭剃れよ。アロハシャツ何枚持ってんだよ。何でそんなに足が長くて綺麗なんだ。
長めの髪をひとつに結んでるの好きだった。
おろして、頬に当たってくすぐったいのも好きだった。
禁煙したって嘘付いて、ベランダでこっそり大きい身体を丸く小さくして吸ってるの、腹立つけどなんか可愛くて、やっぱりそこも好きだった。
俺への愛がダダ漏れなのも、大きな手で頭を撫でられるのも全部、全部大好きだったんだ。
もしも別れていなければ、今頃俺も一緒にアロハシャツ着てたのかな。
蓮さんが死ぬ事もなかったのかな……
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