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アニエは伏し目に件の路地裏へ進入した。
不衛生な環境を生き抜いてきたのであろう野良猫が、
掃き溜めに散らかった食べ残しを恥も外聞もなく貪っている。
政府の役人と思しき人物は正面に現れた。
凛とした佇まいからアニエ本人と悟ったのか、
言葉を交わす前に、持ち運んでいたアタッシュケースの封を解く。
中には容量一杯の札束が敷き詰められていた。
アニエはそれだけでなく、
シグマスイーグルの本拠地が記された紙切れも受け取った。
「くれぐれも大統領へ危害が及ばぬように」
「あぁ。でも、もっと余裕を持っ……」
ここまで言い掛けて、彼は自らの置かれている立場を省みた。
国防総省とはあくまで秘密裏の契約関係にある。
報酬が前払いされる現状は信用に値すると推察してよいが、
いつ手を切られてもおかしくはない。
「愚痴は控えておこう。これで機嫌を損ねて解雇されても困るからな」
「ご意見がありましたら何なりと」
「いいや、こっちの話だ」
アタッシュケースがアニエによって持ち上げられると、
暗がりに浮かび上がった口元はたちまちに緩む。
「では、約束通りお願いしますよ」
慌ただしく横を通り過ぎようとした役人。
彼の後頭部とアニエの人差し指とがすれ違いざまに接触する。
「……消去」
その呟きと共に、役人の脳に標された、アニエに関する全ての記憶が破壊された。
「悪いな。あんたらに顔を憶えられるのは色々と不都合なんだ」
役人が漠然とした違和感を知覚して振り返った頃には、
アニエの背中は闇の向こうに消えていた。
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