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規格外の張力を利用して跳び上がれば、
先刻聴いたばかりの低音がまたしても鼓膜を蝕む。
「活きのいい鼠だな。殺し甲斐があるってもんだよ」
華奢な鼠には一時の安堵さえも許されない。
腹を空かせた猫が獲物の行動を予測し、今か今かと待ち伏せているからだ。
シグマスイーグル総督を務めるザデットの眼差しには慈悲が窺えない。
むしろ、甚だしい狂気が彼の差し向ける銃口から漂う。
「一枚上手か……」
応戦しようと拳銃を取り出した矢先、アニエの右手は素早く撃ち抜かれた。
「狩られる側が武器を持つべきじゃない。大人しく跪きな」
泡立つ血飛沫に思わず拳銃が滑り落ちる。
黒縁眼鏡をくいっと直し、甚振るかの如くのっそり歩み寄るザデット。
生身の上げる悲鳴を必死に耐え忍ぶあまり、
ザデットを見るアニエの目は一層鋭く研がれていく。
「さて、睨んだところでどうなるかな?」
月明りがただならない緊迫感を粛々と助長する。
挑発に乗じないよう意志を強く保つアニエの脇腹に突如、激痛が走った。
「ぐっ……」
待ち望んだ苦悶の表情を眺めて、ザデットが悦に入る。
「見事に私に気を取られていたなぁ。
その隙に手下が麻酔針を撃ち込ませてもらったよ」
気付かずして、アニエは工作員たちが作る円の中心に置かれていたのだ。
意識の朦朧とする彼の胸ぐらをこれ見よがしにザデットが掴む。
彼は上機嫌で、断続的な呼吸の合間に語り掛けた。
「殺す前に訊いておきたいことがたくさんあるんだ。
少々手荒いことをしても咎めてくれるなよ?」
重さを増して自然と垂れ下がる瞼に、アニエは露も抗うことができなかった。
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