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シャンデリア内を高雅に飛び回るパステル色の光。
悠久の年月を経た天井の木目が華々しく飾り立てられる。
立ち昇るコーヒーの湯気は、厚化粧をほんのりと蠱惑に曇らせた。
幻想的な舞踏会の下では、情趣のない顔つきで、
アニエがカウチソファに足を組んでいた。
「おっと……」
習慣に則って懐を探り、彼は止めた。
思考がどうも精彩に欠ける、と禁煙を決意した六日前を
すんでのところで思い出したのだ。
些か気を立てたアニエはノートパソコンを惰性で触る。
メールボックスを開いたそのとき、大仰な暗号文が舞い込んできた。
瞬時に解読されたそれは以下の内容を意味するものだった。
『シグマスイーグルにテロリズムの動向あり。明日決起の可能性が高い。
よって、直ちに殲滅せよ。期限は今夜24時。
例の場所にて21時半、アジト位置の伝達と報酬40万ドルの受け渡しを行う。』
シグマスイーグルとは、近年活動域を拡大しつつある反政府勢力を指す。
メールの差出人は国防総省。
国の保有する軍隊を稼働させるよりも安上がりなため、
守秘義務を条件にアニエを陰で雇っている。
付け加えれば、向こうは彼の個人情報を何一つ知らない。元より本名すらも。
内容に概ね目を通すと、アニエは小さく舌打ちした。
「いつものギリギリか。前払いは荷物が増えるだろうがよ」
”記憶の電子魔術師”──。
短針が9を打ったのを確認し、
闇に紛れるコートを羽織って外へ出た彼の異名である。
裾に刻印された頭文字の『L』が、もの悲しく夜風にはためいていた。
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